先日、なかなか予約が取れない人気の観光列車「TOHOKU EMOTION(東北エモーション)」に乗ってきた。それがもう文字通り、というかそれ以上に、エモーション(感情)が揺り動かされる体験でびっくり。
特別な鉄道ファンでもない筆者が、まさか電車に乗って感動して泣くなんて思いもしなかったのだ。

東北レストラン鉄道「TOHOKU EMOTION」が走るのは、青森県の八戸駅と岩手県の久慈駅間を結ぶJR八戸線。美しい三陸の海沿いを走る風光明媚な路線である。同列車の最大の特徴は、列車全体がレストラン空間であること。コンパートメント個室車両、オープンダイニング車両、ライブキッチンスペース車両の3両で編成された、いわば“走るレストラン”だ。
五感が刺激される"走るレストラン"に乗ってきた! 美食や地元の歓迎に感動
「TOHOKU EMOTION」。外観は煉瓦をイメージしている

レッドカーペットが敷かれたエントランスで、横断幕を持ったアテンダントに誘われ車内へ。
青森リンゴのスパークリングジュースで出迎えられると非日常の旅のスタートだ。客層は若いカップルから年配の方までさまざま。ちなみに乗客の約半数は地元の人だそう。
五感が刺激される"走るレストラン"に乗ってきた! 美食や地元の歓迎に感動
プレースマットや箸袋のイラストは福島県のデザインスタジオKOBIRIによるもの。カワイイ!

車内はクラシカルで落ち着いた雰囲気。インテリアのセンスも秀逸で、床に青森の「こぎん刺し」、ファブリックに福島の「刺子織」、照明に岩手の「琥珀」など随所に東北各地の伝統工芸がモチーフとなったインテリアが施されているのが心憎い。
五感が刺激される"走るレストラン"に乗ってきた! 美食や地元の歓迎に感動
(上)ライブキッチンスペース。キッチン背面も「こぎん刺し」がモチーフ
(中)コンパートメント個室席は全7室
(下)オープンダイニング車両。大きな窓で開放感たっぷり

往路に楽しめるのは、有名シェフによる東北の食材を使ったランチコース。
2015年3月までの往路メニューは、東京・南青山の人気フレンチ店「L'AS」の兼子大輔シェフが手がけている。ピクニックをイメージしたというコースは、味はもちろん、盛り付けやサーブ方法にもひとひねりあり、ワクワクしっぱなし!

まず、アミューズブーシュとして出てきたのは、L’ASのスペシャリテでもある「フォアグラのクリスピーサンド オレンジ味」。出来立てのサクサク感を味わってもらえるよう、あえてフォアグラと生地を別で用意したそうだ。オレンジの酸味がフォアグラのまったりとした旨味を引き立て、パリパリのクリスピーが軽やかな印象を加えている。
五感が刺激される"走るレストラン"に乗ってきた! 美食や地元の歓迎に感動
「フォアグラのクリスピーサンド オレンジ味」。とても繊細な生地。割れないかドキドキしつつ挟むのも一興

続いて出てきた温前菜は「岩手県八幡平豊洋卵と紅ズワイガニのブランダード」。ブランダードとはかきまぜるという意味だが、自分でかき混ぜてスープ状にしていく工程がユニーク!
五感が刺激される"走るレストラン"に乗ってきた! 美食や地元の歓迎に感動
「岩手県八幡平豊洋卵と紅ズワイガニのブランダード」。左がビフォー、右がアフター

そしてメインは、「岩手県産白黒農場産ホロホロ鳥のフレンチサンドイッチ」。
サンドイッチというカジュアルなメニューも兼子シェフの手にかかれば、素材の味が際立つ贅沢なひと品に。さすが!
五感が刺激される"走るレストラン"に乗ってきた! 美食や地元の歓迎に感動
「岩手県産白黒農場産ホロホロ鳥のフレンチサンドイッチ」。うつわはオリジナルの会津桐

こうした料理と共に味わうのは、窓の外を流れていく息をのむような美しい景色。多くの文人に愛された「種差海岸」、ウミネコの繁殖地として国の天然記念物にも指定されている「蕪島」など、沿線の見どころを車掌さんが丁寧にアナウンスで教えてくれる。景色がとくにすばらしいところではスピードを落としてくれるのも嬉しい心づかいだ。

途中の洋野町(岩手県)では、海岸に「ありがとうJR」と書かれたドラム缶があるというアナウンスが入った。窓の外に目をやるとドラム缶の横で大漁旗や手を振って歓迎してくれる大勢の地元の人たちの姿が!
五感が刺激される"走るレストラン"に乗ってきた! 美食や地元の歓迎に感動
写っているのはほんの一部の人たち。おばあちゃんもいれば、小さな子供もいたし、さらには船の上から大漁旗を振ってくれる人まで!

聞けば、このあたりも震災では津波で大きな被害をうけたところだという。
地元の人たちは心から復旧を待ちわびていたのだろう。そんな想いが伝わってきて、ぐっときた。

あとで席にやってきた車掌さんが「もともとは南部ダイバーと呼ばれる地元の高校生たちが自発的にはじめた活動ですが、共感した住民の人たちも参加するようになりました。今日はとくに多かったかもしれません」と教えてくれた。この活動は地元では「洋野エモーション」と呼ばれ、徐々に広がりをみせているそうだ。同列車がいかに地元の人に愛されているかよくわかる。


心もお腹も一杯になったころ、予定どおり久慈駅へ到着。80分ほど久慈駅で停車して、再び八戸へ向かう。片道だけの利用もOKだが、往復利用が多いそうだ。久慈駅周辺には「道の駅くじ」や「あまちゃんハウス」など、待ち時間に気軽に周れるスポットもある。

復路はホテルメトロポリタン盛岡によるオリジナルデザートをブッフェスタイルで味わうスタイル。少し歩きまわってお腹もこなれたところで宝石のようにキラキラとしたデザートを見て、思わずニンマリ。

五感が刺激される"走るレストラン"に乗ってきた! 美食や地元の歓迎に感動
アソートプレート、さらにブッフェで好きなだけ食べられる。

片道2時間弱の旅は、想像していた以上にあっという間だった。「美食を味わいながら絶景を眺める」というだけでも非常に贅沢な体験なのだが、スタッフとの会話やサービスも心地よく、プラスアルファで味わえる地元のおもてなしもたまらない。往路メニューの監修シェフは半年ごと、メニューは3カ月ごとに変わるので、リピートする楽しみもある。

まさに五感が刺激される「TOHOKU EMOTION」。なかなか予約が取りづらいが、ぜひ一度は乗ってみてほしい東北の名列車だ。

■TOHOKU EMOTION
土休日、ゴールデンウィーク、夏休み、年末年始を中心に年間150日間程度運行。八戸発着コースの片道料金は、往路(ランチコース付)7200円、復路(デザートブッフェ付)4,100円

(古屋江美子)