岩田規久男「日本経済新聞 経済教室:日銀の国債購入 大胆に」

 本日の日本経済新聞「経済教室」に岩田先生が寄稿しています。まだ売店やコンビニで売っているはずですからお持ちでない方は購入して保存しておくことをおススメします。本論説は岩田先生の最新刊『世界同時不況』と完全に補うという点でも重要です。


 今回の論説のポイントをいくつか。以下のまとめよりも記事そのものの方が詳細で、データ・グラフもあるので便利です。


1 日本は需要創出型の財政金融政策を総動員する必要があり、構造改革を徹底的に行う必要もある。今回の論説では、財政金融政策にしぼり、さらに財政政策は基本的な原理にしぼり、主に金融政策を中心に書かれています。


2 財政政策については、特に恒久的な税制改正による減税、例えば「給付付き税額控除」(詳細は『世界同時不況』参照のこと)で、中所得者は減税、低所得者は受給という形で設計し、消費拡大と労働意欲の促進が期待できる。


3 財政政策の裏づけには国債発行が必要。しかし国債発行で金利が上昇、円高加速などで需要誘発を打ち消す可能性がある。そのため財政政策にはかならず穏やかなインフレを維持する金融政策が伴わなければならない*1


4 しかし日本銀行は今回は量的緩和政策を採用していない。過去の量的緩和政策はデフレ脱却に有効ではなかったのは、日銀当座預金残高を目標にしていて、貨幣ストックを増加させなかったからである。


5 昭和恐慌期、1933年以降のFRBなどは貨幣ストックの大幅な増加によってデフレ脱却が可能だった。しかし日本の「失われた10年」の貨幣ストックの伸びは実に低い=デフレ脱却できなかった原因。また08年以降最近まで、アメリカの貨幣ストックは急激に拡大しているのに対しいて、日本はアメリカはもちろんのこと他の主要経済圏(イギリス、ユーロ圏)と比較しても極端に低い*2

6 岩田先生は、なぜ貨幣ストックの増加が需要不足を解消し、経済を回復させるかを、ロバート・ルーカスの発言や、また従来、さまざまな著作で論じられていたように、貨幣ストックの増加がデフレ期待の解消をもたらすことで、期待実質金利を低下させ消費・投資・輸出を増加させることを説明しています。

 この点を補う説明としては、ここを参照ください


7 さらに最近のFRBイングランド銀行による長期国債購入という緩和政策を評価する一方で、日銀の白川総裁の「長期国債の追加的買い入れ余地はかなり限定される」という発言を対照して、このままだと米英の量的緩和の結果、事実上の日銀の引締め政策となり、円高が進み輸出産業に悪影響がでることに警鐘を鳴らしています*3


8 日銀は長期国債の大量買入れ、企業や家計の金融への介入(既存の優良な社債やCPの購入だけではなく、幅広い格付けのもの、そして種類も広げること)をすすめることが、財政政策の有効性も高め、景気回復につながる、と岩田先生は結論しています。


まさに本論説は現状の日本経済の問題を総展望するにふさわしい論説でしょう。ぜひ店頭にあるうちにコピーや切り抜いて、以下の著作に織り込んだりしておくことをすすめます。

世界同時不況 (ちくま新書)

世界同時不況 (ちくま新書)

*1:理論的で初歩的な説明は、岩田先生の『日本経済にいま何が起きているのか』(東洋経済新報社)を参照のこと

*2:これは本日の当ブログのFCIに関するエントリーでも明白です

*3:日銀には買い入れ余地がないどころか、現状では買い入れ余地が事実上急増していることが飯田さんのブログで示されています

終りの始まりか?


 週明けのアメリカの株式市場はいわゆるガイトナー・プラン(不良債権の買取りプラン)が市場に好感されたことにより株価が急激に上昇した。アメリカが潜在的に有すると思われる不良債権の規模は約2兆ドル(IMF推計)と推定されるが、その半分近い額をガイトナープランでは射程にいれて処理を図る手法といえる。


 このガイトナープランについては、デロングがわかりやすいQ&Aを書いている。ただ内容的には以下の朝日のネット記事でも十分にフォローされている。

 不良債権処理 米政府、最大1兆ドル買い取り目指す
 http://www.asahi.com/business/update/0323/TKY200903230333.html


 ところで日本が曲がりなりにもデフレ期待が解消の方向に向かい、03年からしばしの景気回復局面を迎えた要因を復習しておこう。その要因として、1)量的緩和の拡大を伴った円安介入(結果としての非不胎化介入)、2)りそな救済に典型的な不良銀行の救済、その後の株価の反転による不良債権問題の解消、3)対中国、対アメリカなど輸出の貢献 などであった。そしてこれらの要因がいまだ不十分である、という批判としては、A)明示的なインフレ目標の導入、B)長期国債買いオペの増額、C)出口戦略の構築(十分な物価安定後の量的緩和政策の解除)、などであった。


 今日のアメリカ経済が本格的に復活するか否か、上記の要因と今日のアメリカ経済の様相を対比させてみよう。


1)量的緩和の拡大を伴った円安介入(結果としての非不胎化介入)

USA1)信用緩和政策の採用、為替レートは内生的に決定


2)りそな救済に典型的な不良銀行の救済、その後の株価の反転による不良債権問題の解消

USA2)金融機関への資本注入、今回のガイトナープランなどの不良債権買取→株価反転は維持されるか?


3)対中国、対アメリカなど輸出の貢献 

USA-3)中国経済の安定よりも、アメリカの場合は国内の資産効果をより重視すべき。特に住宅市場の安定が重要ではないか。


A)明示的なインフレ目標の導入 

USA-A)FRB検討中


B)長期国債買いオペの増額

USA-B)先週、実施決定


C)出口戦略の構築

USA-C)ビハインド・ザ・カーブ戦略の必要性(参照:バーナンキFRB議長のスピーチ)
さらにFRBのバランスシートの健全性のための財務省とのアコードの成立(日本語の記事はここ)!

ちなみに日本銀行は、財務省つまり政府が日本銀行のバランスシートの毀損回避の面倒をみるという提案を絶対に拒否するでしょう。理由は単に嫌だから(合理的理由は不明)。アメリカでは今回のアコードがFRBの独立性を支持するために行われたのに対して、日本では日本銀行はアコードが自らの独立性(意味不明だが)を侵すものとしてとらえているようである。この意識の差はかぎりなく大きい。


おおざっぱだが、日本の一時的な「回復」と比較してみるといくつかの共通点と相違点がある。1)については、FRBの迅速な信用緩和(バランスシートの膨張と構成変化)は特筆に値するであろう。日本では不十分と指摘のあったUSA-B)についても現状では意欲的な取り組みを表明している。例えばFRBはこの信用緩和政策で実質利子率の低下による緩和効果を狙っている。この直近のFRBの実質利子率への緩和効果が一定の実効性があったことは、今日の本ブログの次エントリーを参照のこと。


 2)については、りそな救済後の株価反転という事例と、今回のガイトナープラン(事実上の不良銀行の救済案)が株価の急激な反転を現状でもたらしたのをみるとそれに対応しているような気もする。気がするのでこのエントリーをそもそも書いているのだが 笑。今後の株価動向に注目であろう。また原田・大和総研でも指摘されているが、そもそもの不良債権が経済を拘束しているにしてもその規模は、日本の「失われた10年」の半分程度である。またいうまでもなく日本がバブル崩壊後7〜10年かけてきた不良債権処理のスキームを事実上この半年ほどで実施しているといえ、そのスピードはある意味で驚異的である。


 3)についてだが、はてブの方でecon2009さんにフォローいただいているが、「住宅市場ですが、新規着工や中古住宅販売は回復への兆しと見ることが出来るかもしれません。米国における資産効果の実証結果は好況期のものなので今回のような状況においてはあまり信頼がおけませんね。どうなるか」とのこと。

中古住宅の改善の兆し(とまだ分からんよ、という観測含めて)、Calculated Riskブログのここここここを参照。


また新規着工の底が来たかも、という同じCalculated Riskブログのここを参照(ただし住宅価格の方はまだ底は来てないよ)


逆資産効果ですが、やはり上記の住宅市場の底入れによって改善することはいえるのではないかと思っています。


大恐慌期のアメリカとの比較をしようと思ったがいろんなところでやられているので省略して 笑 、上の直近の日本との比較をみると、アメリカの対策は政治的な交渉の面や世論の基調(やりすぎ懸念の増加)などさまざまな障害があった(これからもある)にせよ、ものすごいスピードであること、さらに規模も(クルーグマンなどの批判はあるにせよ)規模も過去の日本とは比較にならないほど徹底していること、経済部門の協調が目覚しいこと(FRBと政府のアコード、さまざまな資本注入・不良銀行建て直しなどのスキーム構築、バランスシートの急拡大と財政余剰の確保など)、正直にいえば日本の経済当局は何をしているのか? という素朴な思いを拭いきれない。


もちろん決定的に経済状況が底入れをした証拠はまだ乏しいのだが、おそらくここ1、2ヶ月で鮮明な反転の兆しが見えるのではないか? まあ、もしまだ反転していなかったらそれでもどんどん試行錯誤をしていけばいいと思う。日本のように小賢しい小出し政策より何ぼかましだから。


なお、過去の日本との対比では財政政策の役割についてふれるのをわすれたが、高橋洋一氏の指摘があるように、意外と小泉政権下ではそれほど極端な財政緊縮スタンスではなかった(とはいえ積極的でもなく単にマクロ経済の教科書にあるような自動安定化機能が作用しただけだけど)。それに対してオバマ政権のスタンスは大規模な財政出動になっている。

OECDの金融市場の新指標(FCI=Financial Condition Index)でみるアメリカと日本

 最近、面白いなと思った経済指標を以下に。

日本語の解説:Financial Condition Index∼金融市場の厳しさを計測する試み

http://www.oecd.emb-japan.go.jp/Economy2/%5B11%5Dnews%20letter%202008.10.15.pdf

以下、引用。

FCI はこうした広い意味での金融市場の厳しさを計測するために開発された指標で、具体的には、MCI を構成する実質短期金利、実質為替レートに加えて、実質長期金利社債スプレッド、金融機関貸出態度、株式時価総額から実質 GDP を直接説明するモデルを推計し、各変数の変化が GDP に与える影響を表す程度(推計されたパラメーター)をもとに、各指標の実際の変化を加重平均して求められます。こうして求められた FCI の動きを要因別に見たものが図2で、これによると MCI 同様、短期金利、為替レートに加え、長期金利は緩和方向に動いていますが、貸出態度、株価、スプレッドは 07 年夏以降引締めの方向に大きく拡大し、結果として FCI は MCI とは逆に急速に引締め方向に動いていることがわかります。また、上記推計式を用い、07 年第 2 四半期以降の FCI の悪化はその後1年間の累計で長期金利 2.8%の上昇相当のインパクトがあり、GDP を今後 1 年から 1 年半にかけて 1.7%ポイント程度押し下げうると試算しています。こうした結果は、あくまで過去における金融関連指標と GDPの統計的な関係を誘導型による簡便な形の推計から得られたものであり、例えば金融危機がもたらす不確実性の大きさが経済活動を萎縮させることを通じた効果を計測しきれていない等の問題がありますが、それでもなお、金融市場の厳しさが実体経済に及ぼす影響を計る一つの手がかりを提供するという点で重要な役割を果たしているといえるでしょう。

最近のアメリカや日本のFCIはどうなっているか?

QUANTIFYING THE EFFECT OF FINANCIAL CONDITIONS IN THE EURO AREA, JAPAN, UNITED KINGDOM AND UNITED STATES
http://www.olis.oecd.org/olis/2009doc.nsf/LinkTo/NT00000DAE/$FILE/JT03260907.PDF

Figure11aとbにあるFCIの直近の動きをみてみると、2008年のQ3において急激な金融条件の引締めをどの経済圏も経験している。しかし直近(2009Q1推計値)では、アメリカは反転(金融条件の緩和)、ユーロ圏は現状維持、そしてイギリスはかなりな反転を経験している。どの国もそれぞれの緩和に貢献しているのは、実質利子率効果、つまり金融政策の貢献が大きい。イギリスは実質為替レート効果の貢献も大きい。また日本の金融条件はひとり下降したままである。貸出条件やまた安全な資産(国債)と社債とのスプレッドの拡大などが、日本の金融条件を悪化しているようである。