公的資金投入は儲かるか?

 英国の銀行救済は米国よりも進んでいる様だ。RBSは、不良資産3,250億ポンドを切り離して、損失の大半について政府保証を受けた上で、330億ポンドの資本注入を受けた。同様に、不良債権の多かったHBOSをうっかり吸収して苦しんでいるロイズも、2,600億ポンドを切り離して、170億ポンドの注入を受ける事が決まった。(1ポンド=136円)
 傷ついた銀行セクターの回復は、下記の4つ位の対策セットの組合せが定石である。

  1. 公的資本注入による自己資本比率の向上
  2. 不良資産からの損失の確定
  3. 流動性の潤沢な供給と公的保証などによる調達市場の安定化
  4. 再編を後押しした強者の創造

 金融危機の本質は、お互いのバランスシートへの不信感の増大による信用創造の極端な減退だから、自己資本を入れただけではダメで、ブックの信頼性を高める為の損切りも必要だし、これらは実行や効果が出てくるまでに時間のかかる中期的な施策だから、短期的には政府が資金供給者として銀行や企業の資金繰りを支えないといけないし、長期的には構造自体をより安定的にする様な施策が市場の安心感にとっては重要になる。90年代のスウェーデン金融危機は、強者を作ってそこに公的資本で更に資本拡充する、という流れで4つ全てが実行されたし、さんざん遅いだの規模がしょぼいだのと叩かれた日本の金融危機も、後から振り返れば、02年の竹中プランによる資産査定の厳格化をもって、結局全てが実行されている。
 英国においては、銀行社債の保護等の施策が打たれ、1)と3)は実行されていたが、今回の買取で2)が実行されたことになる。4)は、英国の銀行はオーバーバンキングとは言えないということと、国際化が進んで、個々の規模が大きいから、銀行が大きければ大きいほど問題が起きた時のインパクトは大きい、という今回の経験からすると、さほど必要性は大きく無いと思われる。
 大西洋を挟んだ米国でバッドバンク構想に類似する不良債権買取基金が、まだ形になっていない事を考えれば、英国の動きは速いし、理に叶っている。米国よりは欧州の方が、回復は早いのかも知れない。
 また、損得勘定としては、政府が両銀行に注入した金額は合計500億ポンドであり、政府は両銀行の約60-80%程度の普通株を今回の資本注入で握ることになる。RBSはかつて600億ポンド、ロイズはその半分くらい時価総額だった。仮に全盛期に株価が戻ったとすると、両行の時価総額合計は大体1,000億ポンドで、その平均70%を政府が持つと、価値は700億ポンドであり、元手の500億ポンドは、まぁ辛うじて儲けになる位である。英米の金融機関の収益力は、かつてには戻らないというのが定説だから、実際にはギリギリ儲かるかどうかの水準だろう。また、資本注入に加えて、合計5,850億ポンドに対して政府保証を付けているから、これが例えば30%毀損すると、政府負担分は1,500億ポンドを超える。そう考えると、日本やスウェーデンでは投入された公的資金は大方その後の銀行セクターと経済の回復によって返済されたと言われているが(資本増強に加えて、資産買取・バッドバンク系の措置からの損失まで含んでペイしたかどうかの分析は見たこと無し)、今回の公的資金投入劇では、持ち出しの方が大きそうである。それだけ、今回の金融危機の規模が大きいという事なのだろう。
 その持ち出しより、破綻させた場合の経済のインパクトが大きい、というのが公的資金投入の正当化ロジックだが、例えば上記1,500億ポンドが公的資金のコストだとすると、英国のGDPは180兆円位だから、破綻させると経済が大体10%以上縮小してしまうなら、一発で1,500億ポンドの投入はペイする計算だ。また、縮んだ経済は1年では戻らず、数年間に渡って今より小さい経済が続くだろうから、実際には、破綻させると年率3-4%のGDPマイナス成長が発生するなら、一発GDPの10%相当の公的資金投入已む無し、というのが相場観だろう。今の日本のGDPの現状を見るまでも無く、その位のマイナス成長のリスクというのは現実に存在すると考えるのが妥当である。後は細かい話としては、1,500億ポンドの損失補填は乗数効果1の公共投資みたいなものだから、破綻させた上で、同額を公共投資なり減税に使えば、乗数効果の分だけGDP的にはプラス、という考えも有り得る。政治家的には、減税すると消費より借金の返済に周りがちな環境下ゆえ、乗数効果に賭けるよりは市場のマインドも考えて、公的資金投入という判断を下したのであろう。この英国の選択は、ばくっと考えた限りでは正しいアプローチだと感じている。