これから先進国はどう食っていくんですかね。

 GDP年率換算▲12.7%ショックは記憶に新しい所だが、2003年位に端を発するダラダラした景気回復に外需が大きく貢献したのは間違い無い。ただ、ここんとこあちこちで見るGDPの輸出依存度、つまり輸出÷名目GDPの議論は正確とは思えない。2003年位迄は10-11%だった輸出依存度が、2007年度には16%にまで上がっているから、これが金融危機で死亡の要因という議論だったが、GDPの成長率寄与は純輸出で見る。純輸出÷名目GDPで、日本の純輸出依存度なる概念をひねり出してみると、それは僅かに1.7%である。G7の中ではドイツが5%を超えているが、他の国は軒並み純輸入国である。純輸出依存度の推移は手元に数字が無いが、まぁ変動しても1%内外の話であろう。その一方で、グロスの輸出が6%も伸びたとしたら、それは単純に貿易がより活発になったり、加工貿易が進展した事を示すに過ぎない。
 一方で、GDPの成長率を支出面から見てみると、GDP成長率がプラスに転じた2000年度から2007年度まで通算で約14%成長している。約と書いたのは複利計算が面倒だからで、複利できちんとみればもうちょい成長している筈だ。それで、その中に占める純輸出の貢献度は約4%である。これも「約」だ。設備投資や民間消費にも輸出がプラスであることが波及するだろうから、ざっとこれまでの成長の30-50%は輸出であった、ということで大外しはしていまい。と言うことは、年換算▲12.7%、実際には一桁%の後半くらいのマイナス成長が今年起きるとすると、2000年からの外需の貯金が元に戻る、つまり14%成長の内の3-5割を失うと考えると丁度帳尻が合う。輸出の内、どれだけが米国向けで、どれだけが新興国向けかは不明だが、日本の輸出は目立つ自動車とかテレビとかの最終消費財よりも工場機械とかの資本財が実は多いから、まずは新興国の成長がどこまで戻るかがキーファクターで、その次が先進国の消費という事になるだろう。
 さて、ここで経済学の教科書に戻ってみよう。支出=需要のGDPは、IS方程式の通り、民間消費+住宅投資+設備投資+政府支出+純輸出入に分解できる。しばらくは純輸出入が盛り上がらないとすると、政府支出の拡大はサステイナブルでは無いから、残りは民需に頼らざるを得ない。ここをオーバーレバレッジによる住宅投資で盛り上げたのが、アングロサクソンの国々やスペインで起こった住宅バブルだから、民需もリフレ政策によって名目は上げれても、実質を上げる施策は容易では無かろう。特に住宅バブルが起きた国では、個人セクターがオーバーレバレッジになってストック調整に入っているから、かなりの長い期間需要は回復しない筈である。こう考えると、先進国広汎に需要サイドはずっとイマイチで、新興国向け資本財輸出が一つの得意分野である日本はまだまし、という状況の様に思えてくる。
 ここでもう一度教科書を開くと、GDP三面等価の法則というのがある。支出(需要)=生産(供給)=分配、ということだが、需要サイドがイマイチであることは他の切り口もイマイチということである。例えば、供給サイドを考えてみると、成長会計の考え方からすると、GDPの供給サイドは、資本の蓄積・労働投入量の増加・全要素生産性の向上、の3要素に分解可能である。日本の労働力人口は横ばい、乃至は緩やかな減少に転じているが、生産性が向上することにより、需要サイドのこれまでの成長を供給サイドで保ってきた、というのがここ8年の実情である。
 この供給の3要素をもとに今後を考えてみたい。生産性というのは継続的に向上するものなので、これまで通り、1%台の後半で生産性の成長は続くと思われる。人口は年率0.6%程度で減少すると予想されている。資本というのは原則増えていくものである。だから、人口減を資本と生産性で打ち返してバラ色の成長軌道かと思いきや、需要サイドがイマイチだと、無限に在庫投資は不可能だから、需要サイドでGDPの額は決まってしまうのだ。その場合、等価の法則からすると、需要サイドが上限になるから、供給サイドで調整が起こり、生産性の向上を止めるか、資本を減らすか(例えば設備を放棄するとか)、人を削るか、どれかが発生する。結論はある程度見えていて、人が最も生産者にとってコントローラブルな要素であろう。つまり、成長が限界に達すると、自らの生産性の向上によって労働者は削減されていくのである。これが事実だとすると、負のスパイラルが待ち受けていて、残った労働者に削減された労働者が得ていた全ての所得が分配される訳では無いので、需要サイドの民間消費が縮小するのである。需要サイドが縮まれば、それと等価分供給サイドは更に縮むことになる。中長期的に見れば、人口減少国はすべからく需要サイドで民間消費が圧迫されるから、供給サイドで生産性を向上させている場合では無いのである。
 換言すれば、人口減少国は、サプライサイドの成長を持続する為には、外需に頼らざるを得ないという事だ。しかし、永遠の外需主導の経済成長は、持続不可能である。また名目GDPを上げる為の人為的インフレも、カンフル剤として一発、というのは十分有り得る政策だが、永遠にお金をバラまき続けるのは難しい。そういった観点では、米国は先進国では珍しい人口増加国だから、人口減少国とはファンダメンタルズが大分異なっている。
 ここまでGDPの枠内で考えてきたが、GDPには抜け落ちている概念がある。その一つが所得収支だ。海外からの純所得はGNPには入るがGDPには入らない。この所得は2007年度で16兆円有って、ヒストリカルに70%が外為特別会計や銀行・保険会社の海外投資のリターンとして計上され、残りの殆どが家計の海外投資として計上される。純輸出は大体10兆円位だから、日本に落ちるお金としては、輸出よりも大きなインパクトを所得収支は既に持っている。2003年には所得収支は8兆円位だったから、増加分の8兆円が全て支出に回っていれば、GDP規模は約500兆円だから、この5年間のGDP成長率への寄与は合計で1.6%である。外為特別会計にお金が落ちても、ちょっと国債発行額が減った位の話でGDPの様なフローにはインパクトしないので実感に乏しいが、家計に落ちた分はダイレクトに消費に効く。また、今は出入りが均衡、乃至はちょい赤字位だが、日本企業の海外投資からのリターンも将来的には刈り取りステージに入ってくるだろう。そのお金は国内の設備投資には回らないだろうが、大きな日本の本社を食わして、本社人員が民需として消費する原資にはなる。国民や企業の小口資金をより成長力が高い新興国への投資に回せば、そのリターンが消費に効いて、雇用が守られる。人口が減少する先進国は全般的にそんな経済構造になりつつあるのかもしれない。
 また、上で供給サイドの話の中で書いた、唯一の希望である資本財の輸出も、過去の知的資本の蓄積を輸出して、新興国の人が生産する、という事だから、要は過去の栄光の切り売りである。知識を売るか、貯めた金を投資するか。ストック経済とはそういうものなのだろう。この時代認識が正しければ、経済規模の維持・成長を目的とした政策パッケージは比較的単純である。まずは、人口減少を出産増や移民増で賄なうのが第一の優先事項だ。それでも人口減少が止められない場合は、家計の新興国投資のサポート・教育とか、企業の海外投資促進とグローバル企業の日本本社所在の死守、なんていうバックアップ策が必要になる。ウィンブルドン現象で生産性上がって万歳!というのは先進国が生産していた時代の話で、今後は強い産業の本社はなるべく日本において貰わないといけない。モルガン=スタンレーが今後上げたリターンの一部で東京三菱の本部行員がご飯を食べて、住宅を買う、みたいな話である。
 これらの政策の中で、今んとこ、日本政府が出来ているのは投資教育位だろうか。低成長も年金も医療保険も、殆どのややこしい問題は人口減少に起因しているのに、少子化問題の解決が一向に最優先課題にならないのは何故だろうか。伝聞だが、日本はG7で唯一、税金と社会保障という所得再配分を経ると、子持ち家庭の貧困率が上昇する国だそうである。そろそろ自分で自分のクビを究極的に締めている事にはそろそろ気付いて行動に移さないと不味い感じである。