経済成長は処方箋ではない

まだこんなことを言っている人がいるのかと、さすがにびっくりした。

すると格差と雇用の問題への対応には3つの選択肢しかないことがわかる.
(1)だれからも奪わないしだれも救わない
(2)だれかから奪ってだれかを救う
そして,
(3)経済成長 
この3つ.

 僕が常々残念だと思っているのは,低所得者層の生活保障の必要性を感じている論者の多くが(3)の選択肢に冷淡なところです.それどころか経済成長が現在の低所得者層の苦しい生活の原因だなんて思っている人までいる.経済成長と相対的な格差の関係については議論が残りますが*4,絶対的な貧困への唯一にして最善の処方箋は経済成長なのです.

 にもかかわらず,貧困・格差論の人は(3)を推さない.そして(2)についても主張の核とはならないようだ.すると……貧困・格差論者はいろいろな現状分析はするけれど改善の提案は持たない議論に向かわざるを得ないんじゃないだろうか.これは旧来の左翼の「いろいろ言うけど何もしなかった(できなかった)」という歴史を再現させるだけな気がしてなりません.

http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20090201#p1

前にも書いたことがあるが、今の日本で「経済成長」を目標とする解決法は徹頭徹尾間違いであることを、断固として主張しなければならない。

(1)「経済成長」を可能にする完璧な方程式は存在しない。存在していたら苦労しない。だいいち、景気は政策で簡単にコントロールできるようなものではない。

(2)「経済成長」したからといって、人々の生活上の苦痛が減るわけでは必ずしもない。労働時間が増えたり、再配分の制度が未整備であったりすれば、かえって苦痛は激増する。これは2000年代の日本が経験してきたことである。

(3)日本国民の世論が「経済成長」を望んでいるわけではない。世論が望んでいるのは生活上の「安定」と「安心」であって、「経済成長」路線がそれを犠牲にする性質のものなら(実際「成長路線」の論者は「既得権を捨てろ!」「自分を変えろ!」などと説教する人が多い)誰も支持するわけがない。

しかし、ここで言いたいのはこれらのことではなく、むしろ以下のことである。

この飯田というエコノミストは「貧困・格差論者はいろいろな現状分析はするけれど改善の提案は持たない議論に向かわざるを得ないんじゃないだろうか」と言っているが、「改善の提案」などは特になくてもその議論の欠陥とは言えない。もしこの人が学者のつもりなら、拙速に代替案をだすのではなく、その提案を現実に流し込んだときにどのような化学反応が起こるのかまで考えるべきだろう。意図や論理そのものは美しく見える「具体案」を出したところで、その現実における結果は醜悪なものになりうるというのは普通にありうることである。その可能性まで考慮に入れた上での「具体案」でなければ、私にとっては内容がなんであろうと、信用に値するものでは全くない。

そもそも、現状に対する「憤り」と、それを「改善」しようとする意思、そして目の前の困窮した人を救う具体的な行動、これらがあれば十分すぎるほど十分である。ここで批判的に言及されている湯浅誠氏などは、実際そうしている。このエコノミストは、それ以上のいったいなにを求めているのだろうか。現状を改善する最も効果的な「具体的な方法」というのは、こうした目の前の問題を粘り強く、一歩一歩解決していくその「結果」として、あくまで事後的に見出せるものである(学者の役割があるとしたら、おそらくここにある)。目の前の現実から無関係に「具体案」を示したところで、それはほとんど「破綻」を宿命付けられているとしか言いようがない。

もちろん「提案」も時には必要である。しかし、「絶対的な貧困への唯一にして最善の処方箋は経済成長なのです」というのは、ほとんど処方箋の名に値しないようなものである。バブル崩壊以降、「経済成長」「景気回復」をいかに実現していくかで、膨大な議論と試行錯誤が行われてきた。そして、ようやく実現した2000年代の「好景気」も、多くの国民から「実感がなかった」と言われている始末であり、さすがに与党もそれを認めざるを得なくなっている。経済成長の必要性を全面的に否定するものではないけど、1990年代以降の日本で「経済成長」の実現がかくも困難なものであるという歴史を経験してもなお、「経済成長」を軽やかに言えてしまう無神経さには、本当に唖然とさせられる。

最後に、「日本における経済学の普及度の低さを物語っている」と書いているが、こんな傲慢なことが平然と言えてしまうのは(またある程度通用してしまうのは)経済学者だけではないだろうか。圧倒的多数の人間が「経済学を知らない」のは別に当たり前のことであり、また「社会科学」である限りは、既存の経済学そのものが間違っている可能性も1割以上はあると思わなければならない。