日本経済の処方箋 - 北欧型ワークフェア国家(新しい福祉国家)へ、同一労働同一賃金・内需拡大を | すくらむ

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 『週刊エコノミスト』(2/3)の特集「日本経済 処方箋」に掲載されている、神野直彦さん、橘木俊詔さん、森永卓郎さんの「提言」が興味深かったので紹介します。


 東京大学教授の神野直彦さんは、「将来不安の解消 求められるワークフェア~北欧の能力開発型社会保障に学べ」と題して、「新自由主義と決別し、失業者を再教育・再訓練して、産業構造の転換に結びつける、新しい福祉国家を目指すべきだ」と提言しています。


 神野さんは、「経済成長は本来、人々に幸福をもたらすはずだが、新自由主義は経済成長を“悪い冗談”にしてしまった」と指摘します。新自由主義のもとで2002年2月から「いざなぎ景気」を超える長期の景気拡大となった日本経済の実態は、その間に労働者の賃金は減少し、「生活が苦しい」と答える国民は増加の一途をたどり、「労働市場の規制緩和と小さな政府による社会保障の縮小によって、格差と貧困があふれ出て、社会が悲鳴を上げている」のです。


 この危機に対して、人間の生活を保障すること(セーフティーネット)と、新しい産業構造が形成される前提条件のネットという2つの社会的ネットを張り替える必要があり、福祉(ウェルフェア)を、「働くための福祉(ワークフェア)」へと進化させることが大切だと、神野さんは主張します。


 そして、このような国家を神野さんは、「シュンペーター的ワークフェア国家」と呼び、すでに北欧諸国で実現していて、グローバリゼーションのもとで、賃金が上がらない新自由主義を信仰する日本やアメリカと違って、北欧諸国の賃金は上昇し続け、高い経済成長を誇りながら、格差を縮小させることに成功しているとのこと。シュンペーターは、経済成長の源泉はイノベーション(技術革新)にあるとしました。持続的な経済成長を成し遂げるためには、イノベーションを担う人材を育てながら新しい産業を興していく必要があります。単なる福祉国家ではなく、イノベーションに対応できる「能力開発型ワークフェア国家」への脱皮こそが重要だというのです。


 この能力開発型ワークフェアは、衰退していく旧来型産業から、成長していく知識集約型産業へと産業構造を転換していくというビジョンに裏打ちされています。「能力開発型ワークフェア国家」の具体的な実践例として、デンマークやスウェーデンなどの「フレキシキュリティー」を神野さんは紹介しています。


 デンマークの「フレキシキュリティー」は、労働市場に弾力性(フレキシビリティー)つまり解雇を容易にすることを認める代わりに、生活の保障と再教育・再訓練による雇用保障という安心(セキュリティー)を提供しています。産業構造が変化して、もし失業しても安心して次の成長産業の職務に就けるように、「セーフティーネットをいわばトランポリンに張り替えている」のです。労働者が失業して、一端は労働市場から下に落ちても、きちんと生活を保障した上での再教育・再訓練というセーフティーネットで受け止めて、労働市場へ労働者をきちんと押し上げ復帰させていくことを「トランポリン」と神野さんは表現していて、昨年12月に放映されたNHKスペシャル「セーフティーネットクライシス2~非正規労働者を守れるか」に出演していたときも同じ説明をしていました。そのときは、オランダの「フレキシキュリティー」が具体例として取り上げられていました)


 また、スウェーデンの事例を神野さんは次のように紹介しています。


 スウェーデンでは失業に対して、失業保険による手厚い「所得保障」と、就労支援である「活動保障」のセットで安心を提供する。失業前の所得の80%程度が失業保険として約14カ月支給され、失業して6カ月間就労先が見つからなければ、機種転換・再就職のための活動保障プログラムに移行する。活動保障プログラムの参加者には生活を保障する職業訓練手当が支給され、再教育・再訓練が実施される。しかも、プログラム参加者を試験的に雇用する企業には、賃金の75%が補助され、再就職へのスムーズな移行が図られている。


 スウェーデンに限らずヨーロッパの多くで教育は無償である。こうした教育制度に雇用政策や福祉政策を関連づけて、より人間的能力を必要とする産業構造へと転換を図っていく。


 人間の生活を保障するだけでなく、「誰でも、いつでも、どこでも、ただで」を原則にした“やり直し可能”な「人間の成長を保障するワークフェア国家の形成が急務である」と神野さんは強調しています。


 NHKスペシャル「セーフティーネットクライシス2~非正規労働者を守れるか」の中で、神野さんは、現状の日本の社会保障のままで、正社員・非正規社員の雇用の流動化・弾力化だけを求めることは、労働者にサーカスの綱渡りをセーフティーネットなしの「命がけの自己責任」でチャレンジしてみろと言っているようなものだと批判しています。このセーフティーネットなしのサーカスの綱渡り状態が、日本の労働者のありようなわけで、危険過ぎる綱渡りで“アクロバット演技”(労働者側からの雇用の流動化等)をしたくてもできないわけです。そして、セーフティーネットをきちんと論じることはしないでおいて、「正社員の解雇規制緩和」や「雇用の流動化」をはかれとするネット言説が最近目立ちますが、神野さんの主張する「北欧のワークフェア国家」とは似て非なるものであることを十分に注意する必要があります。


 同志社大学教授の橘木俊詔さんは、「労働市場の規制緩和を見直し、労働者間の格差是正を図り、内需拡大につなげるべきだ」として、次の5つの提案をしています。


 ①内部留保を労働者に還元→「労働への支払い分を付加価値(生産において新たに付け加えられた価値)で割った比率を労働分配率と呼ぶが、この比率は中期的に低下傾向にある。一方で、経営者と株主への配分比率が高くなっている」「大企業を中心にして内部留保を蓄積しすぎた」「内部留保にまわす分を労働者の取り分に還元」して、「労働者の賃金が上昇すれば、家計消費の拡大という内需増加につながって、強力な景気対策になるのである」


 ②雇用の規制緩和見直し→「日雇い派遣労働の禁止、登録型派遣の見直し、非正規労働者の社会保険制度への加入促進」、正規労働者と非正規労働者の「同一労働・同一賃金」「1時間当たりの賃金額を同一にする」「賃金のみならず、昇進、社会保険、職業訓練などの分野でも同様である。これは、失業率上昇で悩んだオランダなどで既に導入されている政策である」


 ③失業率の上昇を防ぐ、④社会保障の抜本改革、⑤最低賃金を上げる→「内需拡大という家計消費増加策のために、最低賃金のアップも有効である。日本の最低賃金は都道府県別に定められており、08年度は東京と神奈川が最も高く時給766円、最も低いのは宮崎、鹿児島、沖縄の同627円で、全国加重平均は703円となっている。最低賃金だけでは食べていけないほどに、国際的にみても低い最低賃金であり、それを上げる政策はまっとうなことである」


 獨協大学教授の森永卓郎さんは、導入部で、「真面目に額に汗して働くことを見下し、カネにカネを稼がせる」新自由主義を、「イナゴの大群」に例えて、とても分かりやすく次のように説明しています。


 (新自由主義の手法として)例えば、盛んに使われたのがM&A(企業の合併・買収)だ。投機資金で企業の株式を買い占める。会社を乗っ取ったら、企業が持つ資産や事業を片っ端から売り飛ばす。従業員は次々にクビにする。そうすると短期的な利益が出るから、それを配当として受け取る。そして、利益の拡大で株価が上昇したところで売り抜ける。彼らが去った後には、生気を吸い取られたボロボロになった企業が残される。まるでイナゴの大群に襲われた後の畑のようだ。(中略、アジアの金融危機での投機資本の事例を紹介)


 投機資本はその後、欧米の不動産と金融工学が創り出した証券化商品に向かい、そして最後にそこから逃げ出して、原油と穀物に向かった。しかし、無限に値段の吊り上げができるわけではない。結局、原油と穀物のバブルは崩壊した。


 それでは、そこにいた投機資本はどこへ行ったのか。残念ながら、投機資本は次の舞台をみつけられなかった。そのため大部分の投機資本は消えてしまったのだ。イナゴの大群が、畑を食い尽くしてしまうとどうなるか。餌にありつけなくなったイナゴは死ぬ以外に道はないのだ。


 そして、森永さんは「やるべきことは無数にある」として、「例えば、金融資産課税や相続税を思い切り強化し、所得税の最高税率を引き上げるとともに、消費税を廃止する。同一労働同一賃金の原則を徹底して、非正社員の時給を正社員と同等にする。最低賃金を大きく引き上げる。残業を原則禁止にし、すべての勤労者が夏休みを1カ月以上取得できるよう義務づける。低所得者でも十分な医療と福祉が得られるように社会保障を大幅に充実させる。米軍基地と思いやり予算を廃止する。個人経営の農家の所得補償を強化して、食糧自給率を引き上げる」


 「やることの方向性は明確だ。それは、一般国民に安心と安全と平和と平等をもたらすための政策を一つひとつ丁寧に築き上げていくということだ」と森永さんは強調しています。


(byノックオン)