金融経済の専門家、日本共産党を語る

今日配信されたJMM [Japan Mail Media]No.515『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』のお題は「いわゆる派遣切りが相次ぎ、不況の訪れとともに日本共産党への関心が高まり、党員も増えているようです。日本共産党の政策、基本的な方針をどう評価すればいいのでしょうか」というものです。
日本共産党というと、ともすれば他政党とは異質な路線を持ち、非現実的な政策を主張する浮いた政党、という先入観でみられがち(でもないのか?)なような気がしますが、このところ党勢を拡大していて、一昨年9月から昨年末までに13,000人もの入党者があった(http://www.jiji.com/jc/zc?k=200812/2008122700137)のだそうです。これはもちろん、それ相応の理由と背景があってのことでしょうし、政策面でもそれなりに現実的になってきているのかもしれません。
正直に白状しますと、私はふだんは日本共産党の政策にはほとんど関心がありませんので、論評するほどの知識は持ち合わせていないのですが、とりあえず「天皇制」や「自衛隊」などについては日本共産党がかなり現実的な方向に路線修正していることは承知しています。もっとも、今回あらためて規約や綱領を見てみると、依然として「民主集中制」は維持されているようですし、ことばはマイルドになっているものの、「民主連合政府の樹立」から「社会主義的変革」という「二段階革命論」も基本的には生き残っているようですから、基本的な部分はそれほど変わっていないのかもしれません。暴力路線はとっくに放棄しているということなのでしょうが、「敵の出方論」がいまも維持されているのかどうかはよくわかりませんでした。
さて、そこで「金融経済の専門家」たちの日本共産党観ですが、私はこれは当然かなり厳しいものになるだろうと予想して読みはじめました。実際、日本共産党は現代の金融資本主義を「カジノ資本主義」と呼び(この語自体はスーザン・ストレンジの提唱したものとされているようですが)、社会問題の諸悪の根源と主張しています。したがって、業界でマネーゲームにいそしむ「金融経済の専門家」たちは「悪の手先」であり、日本共産党が政権を取れば必ずや失業に追い込まれるであろう人たちということになるからです…と、そうでもないのかな。ウェブ上でとりあえず見つかった資料によると、日本共産党の金融市場政策はこういうものなので、一応ものすごく過激というわけではありません。

・過度の投機を許さないルールを
 ヘッジファンドなど、規制がとどかない闇の投機集団にたいして、情報公開をはじめとして抜本的な規制強化。原油穀物など人類の生存の土台となる商品を投機の対象としない国際的なルールを。
アメリカを手本にした金融自由化路線の転換を
 短期的なもうけだけをねらったマネーゲームでなく、企業や経済のまともな発展、実需に貢献する金融への抜本的転換。国、自治体、金融機関の責任を明らかにし、中小企業などに資金が流れる実効性あるしくみを。
http://www.jcp-tokyo.net/download/keizaiteigen.pdf

ただ、レトリックはともかく、ではこれが現実的かというとちょっと…。私のような素人がみても、「まともな」投資と投機の区別はどうやってつけるんですかとか、もし原油穀物先物取引がなくなったら(とまでは書いてないですが)かえって価格が不安定になって企業活動も国民生活も混乱するんじゃないですかとか、「責任を明らかに」とか「実効性あるしくみ」って具体的にどうするんですか、という疑問が次々と湧いてくるわけですが、まあこれはそれなりに具体的なパッケージがあるのかもしれません。それはそれとして、それでは「金融経済の専門家」たちが日本共産党の政策をどう評価したのかを見てみましょう。
まずは真壁昭夫信州大学経済学部教授ですが、

 現在のように、景気が急速に下落し、企業がリストラによって従業員を減らしたり、給与カットなどを行う状況になると、労働者の権利を擁護することを主要目的とする政党に対する支持率が上昇することは理解できます。特に、相対的に立場の弱い派遣社員の中には、突然の解雇などによって、生活の基盤を失うケースも出てきています。そうした人々が、自分たちの権利を守る為に、彼等の意見をバックアップしてくれる政党を支持するのは、当然の帰結といえるでしょう。

 元々、労働者が、自分たちの権利を主張するのは当然のことです。一方、労働者と対峙する経営者が、彼等の主張を明確化することもまた当然の行為です。そうした相互の主張が、一定の均衡点に収斂することによって相互の経済利得の分配が決まり、それに基づいて効率的な経済活動が行われることが理想であるはずです。その意味では、労働者支援に積極的な政党に対する支持率が上がることは、相応の意義を持つことだと考えます。

と、まずは功利主義的な日本共産党支持者が増えている(本当にそうなのかはわかりませんが、たぶんそうだろうなという気はたしかにします)のは当然との見解を示し、経済的効率性の実現のためにも有益であるとの評価をしています。
いっぽうで、真壁氏はこうした懸念も表明します。

…その主張があまりに偏りすぎていたり、利益主張を重視するあまり非現実的な主張になってしまうことが考えられます。非現実的な主張を繰り返すと、広範な人々からの支持を受けることは難しくなり、政党の活動そのものにもマイナスになってしまいます。
 共産党の教義は、基本的にマルクス・レーニン主義と理解していますが、…共産主義を信奉する国に、株式市場が存在すること自体、説明が難しいように思います。
 以前、中国の友人が東京にやってきたとき、…「特定のイデオロギー固執することなく、時代の要請に従って現実的な経済運営が必要になる」…「かつて中国政府は、かなり非現実的な政策を打ち出したことがあり、現在ではそれを反省している」とも言っていたことが印象に残っています。

引用は途中省略していますので必ずしも文脈に100%忠実ではない可能性があり、ぜひ原文におあたりください。「中国政府は、かなり非現実的な政策を打ち出したことがあり」というのは暗に「日本共産党もしかり」と述べているようにも読めて味わい深い(深読みしすぎかもしれませんが)ものがありますが、それはそれとして、要するにこれは「日本共産党イデオロギー固執せずに現実的な政策をとらないとダメですよ」といういたって常識的な助言なのでしょう。真壁氏が考えるように功利主義的に支持を表明している人が多いのであれば、彼ら・彼女らの利益への期待にこたえられなければ支持は離れていくわけであり、真壁氏の助言はいたってまっとうと申せましょう。では具体的にどうするのか、が問題ではあるわけですが、「年収700万円の正社員」を期待されているとしたらかなり困難な課題になってきますが…。
次は経済評論家で楽天証券経済研究所客員研究員の山崎元氏です。

 私の個人的見解として、日本共産党は、政策を全面的に任せることは出来ないが、政府を監視する有力な批判政党として存在意義のある政党だと思っています。当面、政権交代の選択肢になることは期待できないとしても、民主党のように、一部であっても、政策的に妥協をして自民党と連立するのではないかというような心配がなく、独自の取材・調査力をもって政府・与党を監視してくれているという意味で、同党は重要な役割を果たしています。私は、かつて、野党第一党があまりにも弱かった時に、こうした批判力に期待して共産党の候補者に投票したことが何度かあります。

まあ「共産党ワサビ論」というのは昔からあるわけですが、ワサビの入らない握り寿司は少し物足りないにしても、ワサビのカタマリにごはんとイクラを一粒ずつつけた代物は食えたものではないわけで、それでは「当面」どころかいつまでたっても「政権交代の選択肢になることは期待できない」でしょう。それにしても、山崎氏が日本共産党の候補者に投票したことが何度かあるというのはなかなか意外なカミングアウトですね。そうでもないのかな。
もっとも、山崎氏はその後、日本共産党の雇用政策について否定的な論陣をはります。他の「金融経済の専門家」たちも、設問がいきなり「いわゆる派遣切りが相次ぎ」となっているのに引っ張られているのか、「政策、基本的な方針をどう評価すればいいのでしょうか」という問いかけであるにもかかわらず、雇用政策へのコメントが中心になっています。

…特に最近話題の「派遣切り」の問題などを含む雇用問題に関して、共産党の「企業は非正規労働者も含めて雇用を維持すべきだ」という主張には、理屈として納得しがたい点があります…
 派遣契約の中途解約や学生に対する内定取り消しなどは、法的条件を満たさない不当な解雇として考えることが出来るのではないかという意見には首肯できる側面がありますが、派遣契約や有期の雇用契約の満了時点でこれを更新しないという場合には、現状では、企業側に雇用を打ち切る正当な権利があるのではないでしょうか。…現状では、契約の不当な中途打ち切りなどを除き、非正規雇用の労働者から企業が雇用を調整すること自体は、日本が法治国家である以上、仕方がないのではないでしょうか。

 非正規労働者の権利を法的に強化すべきだという主張もあり得るでしょうが、法的権利が強化された労働者(の労働)は企業の経営者から見てよりコストの高い労働力となるので、一方で私企業制を維持したまま、労働者の権利強化を行うと、雇用機会が減少するというのが経済的には自然な帰結です。…たとえば、製造業への派遣を禁止すると、全体としては、雇用機会が減少する要因になるでしょう。
 私企業に利益追求を許すことと同時に遵法以上の社会的責任の完遂を求めることは両立し難く、また、雇用の維持を強く義務づけることは雇用自体の減少をもたらします。

 日本共産党も含めて、われわれは、政府による、あくでも個人単位で公平なセーフティーネットの構築を要求すべきではないでしょうか。企業は生産を担い、政府が福祉に責任を持つという整理を早急に行うべきだと思います。日本共産党の雇用に関する二つの要望書を読むと、「企業ごとき」に過剰な期待(利益よりも雇用を維持を優先する社会的責任)をすることを早く止めて、他の対策を講じることの緊急性・必要性がクリアに分かります。

省略しましたが山崎氏は「内部留保取り崩し論」も批判していて、それも含めてほぼそのとおりなのですが、現実には日本共産党のみならず民主党自民党までもが「企業ごとき」に雇用を守れ、賃金も上げろと言っているのが実態なわけで…orz
続いて「評論家、会社員」という水牛健太郎氏ですが、この方はもともとマスコミの人らしく、他の「金融経済の専門家」たちとはちょっと違った風合いがあり、共産党の政策全体にコメントしています。

 共産党は、「国民が主人公」というスローガンで労働者・一般消費者の立場を守ると称し、最低賃金・失業給付の増大、社会保障の大幅な充実を掲げ、その財源としては消費税増税ではなく、大企業・資産家への課税で賄うとします。国民の間の経済的平等を重視する主張です。また、食糧自給率を向上させるためとして、農産物の価格保障、農家の所得補償や関税の引き上げによる保護貿易といった、極めて保護主義的な農業政策を掲げているのも特徴的です。経済政策以外には、外交に関して基本的にナショナリスティックであり、自主独立路線を掲げ、米軍基地の撤退を主張してきたことも大きなポイントです。(最近では現実路線ということか、即時撤退でなく、「米軍の横暴勝手をやめさせる」という主張をしているようです)

 ただ、共産党が政権を取った場合の、これらの政策の現実性はどうなのかということは常に疑問に感じるところです。大企業・資産家への負担増にしても、共産党が政権の座についただけでも、大企業や資産家に国外逃避の動きが出る可能性がありますし、急に負担を増やすと投資が冷え込むなど、経済の活力を削いでしまうおそれがあります。大企業・資産家の負担増という結論は私も正しいと思いますが、拙速にやるのだったらやらない方がよほどましです。飴と鞭を駆使しながら慎重に進めていくべき問題だと思っています。要するに、共産党の個々の政策は正しいようでも、経済を扱う手つきというか、バランスが悪いと感じるのです。市場経済は生き物なので、実はこのバランスというやつが全てだったりします。これまで巨額の補助金をつぎ込んできた結果、衰退してしまった日本の農業を、さらに保護主義的な政策で立て直すというのも、実際に効果があるのかどうか。一層体質を弱めてしまうおそれがあると思います。

なかなか紳士的な書きぶりですが、要するに「非現実的」、現実の経済・社会との整合性がとれておらず実現困難、ということでしょう。ちなみに資産家の負担増という結論は、このブログでもたびたび書いていますが、私も賛成です。大企業というか、中小も含めた企業への負担増は、すでに日本企業が国際比較上かなり重い税を負担していることを考えると、あまり賛成できるものではありませんが。ということで、水牛氏も「ワサビ論」へと向かいます。

 政策の実現性について言えば、実は共産党自身もそれほどの自信があるわけではないのかもしれません。共産党は戦後長い間、日本社会における安全弁、弱者にとっての駆け込み寺的な役割を果たしてきました。…政権の座につくことはまずないだろうという前提のもとで、社会に生じた問題をいち早く取り上げて警鐘を鳴らす「うるさ型」としての役割です。…自民・民主の二大政党がすくい切れない問題を捉える共産党の機能には実際、貴重なものがあると思います。

さて、水牛氏はさらに、設問を逸脱して「政権をめざすなら」という観点から助言も述べています。結論としては、「共産党が今後、日本社会で今以上の存在になり、さらには政権を担当することを目指すのであれば、党内民主主義の確立と外部への透明性の確保は最低限の条件になるでしょう」ということのようです。実際、本当のところはどうなのかわかりませんが、マスコミという立場からは特に日本共産党の「中の見えなさ」は強く感じられるのでしょう。中が見えないものを信頼しろといっても難しい、というのはなかなかシンプルな真理であるように思えます。
次は生命保険関連会社勤務の杉岡秋美氏です。この人はかなり辛辣です。まず、昨今の日本共産党の党勢拡大については

 赤旗のホームページのビデオで、志位委員長が経団連に 派遣切りの問題で申し入れをしている様子をみました。
 共産党のいつものように、善悪二元論に基づき敵の分かりやすい主張をしています。志位委員長の、少しどもりながらの誠実な話しぶりも好感が持てます。この二つが、最近の人気の秘密なのだなと納得できました。

と一蹴しています。「分かりやすい主張をしています」「誠実な話しぶりも好感が持てます」と表現はポジティブですが、言っていることは「政策的な意味はない」ということでしょう。もちろんそういう側面があることは事実でしょうが、それだけで片付けられてしまっては実も蓋もなさすぎて、せっかく入党した人たちが浮かばれません(まあ、浮かばれなければいけないというわけでもありませんが)。私は、日本共産党の党勢拡大にも少しは社会現象としての意味があるのではないかという気もしないではないのですが…。
このあと、秋岡氏はこの申し入れをケチョンケチョンにやっつけています。

 ただ、経団連を標的にしたこと自体、また申し入れの内容も、共産党の伝統的なモティーフ「資本家が国家権力と結託して、貧しい労働者階級を搾取している」に沿ったもので、今日ではトンチンカンなストーリーだと思わざるを得ませんでした。・・・・このトンチンカンさは、かつて米国ブッシュ大統領が敵対国を悪の枢軸と決め付けた時の明快さと同質なもので、教条主義に基づく過度の単純化なのだとおもいます。権力を持っていない分安心ですが。

いきなり皮肉たっぷりですが、続けてこうも言っています。

 このストーリーにリアリティがあった時代は確かにあったと思いますが、現在の資本主義はそこからさらに洗練の度合いを強めています。現実の資本主義は、共産党の定める敵のイメージ(大企業+政府+アメリカ帝国主義)からは、するりと抜けてしまうのではないかという危惧の念を持ちました。
 共産党は輝かしい歴史も実績もある抵抗勢力ですが、今後も有効に機能し続けるために、このあたりは柔軟に修正主義に転じて欲しいとおもいます。

もっと現実的にならないと「ワサビ」としても機能しなくなっちゃうよ、ということで、まことに手厳しい助言です。

 共産党の議論で違和感があるのは、個々の大企業は倫理的で人道的な判断をすべきだ、あるいは出来ると思っていることです。これは、大企業を敵と定める共産党らしくない、企業性善説に基づく過大評価だと思います。…聖人経営者を求めて企業のヒエラルキーを上っていっても、良くなるのは背広のクオリティぐらいで、あとはあっけないほど普通の人が登場するはすです。

 内部留保が、企業経営者の自由に使えるポケットであればそのような議論が成り立ちますが、これは100%株主のもので、株主の承認を得ることなく一銭たりとも経営者の勝手な倫理的判断のために使えるものはありません。…今回のような需要急減のケースにそれを株主に納得してもらうのは困難でしょう。
 それでは「株主は何様だ!」と言いたい気持ちにもなりますが、腹黒い独占資本家を想定するのは困難で、株主は外国籍の投資家も含めて投資信託であったり年金基金ヘッジファンドであったりしますが、小口の資金を集めた合同運用が大半です。
 申し入れの最後に志位委員長は、「雇用を維持しないとによってマクロ景気が悪くなるので、雇用を維持すべきだ」といっています。これは一般論としては子供でも分かる事実で、単なる要請ならある程度理解できます。しかし、政党が企業責任の一環として申し入れるのはトンチンカンだと思います。
 個別企業にも、またそれを束ねる経団連といえども、マクロ経済をコントロールするだけの規模の総需要を作り出すだけの権能があるとは思えません。
 真面目にこのような要請する背後には「国家権力と結び付いた独占資本」の教条にとらわれて、大企業と国家を一体とみなし分離して考えられない性癖があると推察します。
 総需要をコントロールしたいのであれば、政府が政策を通じて行うのが、現代社会の役割分担です。
 共産党の弱者の味方としての姿勢は評価でき、応援したい気持ちになりますが、派遣問題に関しては、その古典的すぎる企業観、国家観が邪魔をして、単純な大企業悪玉論に陥ってしまっているように思います。
 派遣の不幸を含めた雇用問題には、他の野党とも連携してセーフティーネットの拡充に取り組んでほしいと思います。

まことに皮肉たっぷり、手厳しい主張ですが、「内部留保が、企業経営者の自由に使えるポケットであればそのような議論が成り立ちますが、これは100%株主のもので、株主の承認を得ることなく一銭たりとも経営者の勝手な倫理的判断のために使えるものはありません」「総需要をコントロールしたいのであれば、政府が政策を通じて行うのが、現代社会の役割分担です」とかいうのは、ほぼ100%そのとおり(私も若干の留保はつけたいのではありますが)の事実ですが、これは日本共産党を論じているからここまできっぱり言える、という面もあるのではないかと思います。実際には秋岡氏も述べているように日本共産党以外の政党も似たような主張をしていて、なかなかこうもあからさまに正論も吐けない雰囲気があるのですが、こと日本共産党が相手ならできるということで、これも日本共産党の存在価値のひとつといえばいえるのかもしれません?
もっとも、私は日本共産党の指導者たちが本当にそんな「古典的すぎる企業観、国家観」を持っているのか、本当に「「国家権力と結び付いた独占資本」の教条にとらわれて」いるのか、株主として「腹黒い独占資本家を想定」しているのかというと、実際にはそうでもないのではないかという気もします。彼ら・彼女らの知的水準は相当に高いと推測されますので、「そんなこともわからない」とはちょっと思えないからです。おそらくは、彼女ら・彼らは、実際にそうだというよりは「日本共産党の支持層として想定される国民」が、「大企業は国と結託して悪いことばかりしているに決まってる」とか「株主なんて、政治家に賄賂を贈って甘い汁を吸っているんでしょ」とかいった素朴な?感情を持っているものと考え、それに訴えるような社会主義の政策的言辞を活用しているのではないかと思うのですが。まあ、邪推ですが…。それにしても、秋岡氏の指摘する「「国家権力と結び付いた独占資本」の教条にとらわれて、大企業と国家を一体とみなし分離して考えられない性癖」というのは、先日(1月15日)のエントリでご紹介した池田信夫先生の「現在の悲惨な雇用状況をもたらした最大の責任は、規制によって労組の既得権を守る厚労省にある」という主張にも大いに通じていると感じるのは私だけでしょうか?ヤッパ私だけ?
次は三菱UFJ証券投資銀行本部エグゼグティブディレクターの三ツ谷誠氏です。氏は「今回の設問に回答するにあたり、初めて共産党の綱領を読んでみました」のだとか。しかも「興味深く面白く読みました。個人的には正しい認識、正しい主張として共感するものもたくさんあった気がします」ということです。ただ、やはりその「非現実性」への指摘も同時になされています。

…個人的に正しい認識と感じたのは、例えば、2.現在の日本社会の特質、の中で、我が国が第二次大戦後、独立国としての地位を失い、アメリカの事実上の従属国となっている、という指摘でした。これは、誰がどのように言い募っても、現実にこれだけ米軍の基地を国土に有し、日米安保条約の下でアメリカの軍事戦略の中に我が国が含まれている現実から、寧ろそうではないと言うのが難しい話でしょう。
…彼らは綱領でそんなアメリカへの従属からの自立を強く主張しますが、残念ながらその手順、過程については詳しい道筋の提示はありません。
 たぶん彼らは民主的な手続きを経て、アメリカの良心に訴求する一方、国際社会の世論を味方にして、話し合いによって自立を果たそうと考えていると思われますが、リアルな認識としてその考え方は甘いように感じます。身も蓋もないリアルな認識で言えば、日本は戦争に敗れたために戦勝国であるアメリカに従属を強いられたのであって、本当にこの従属から自立することを国民が選択するのであれば、それは極端に言えばもう一度戦争を行うことを覚悟するくらいの話ではないか、と感じます。その覚悟もなく本当に従属から自立できるかは疑問です。
 …かなり皮肉な話ではありますが、アメリカからの自立というのは、石原慎太郎あたりの主張を彷彿させる部分もあり、実はここの処の共産党人気の底流にあるものはこの種の(無意識の)ナショナリズムである可能性もある気がします。雨宮処凛が右翼から一挙にサヨク陣営に振れたような現象は、非常に示唆的です。

このあたりは、さっきの池田信夫先生ではありませんが、ある道をある人は右へ右へと、ある人は左へ左へと進んでいったところが、実はこの道は環状につながっていた…という、池田先生がスウェーデンが理想だと言ってみたり、互いに不倶戴天の論敵であるはずの八代尚宏氏と左翼教育学者たちとがともに「職種別労働市場・職種別賃金」を主張してみたりといった現象に通じるものがありそうで興味深いところです。
さて、三ツ谷氏は最後に面白い提案をしていて、

…実際には現在、誰が企業を所有・管理・運営しているかと言えば、資本主義国家においてそれは株主であり、株主が経営を委託した経営者であるという答えになると思います。更に言えば、その株主とは…大きな流れとしては、それは機関投資家であり、その機関投資家の背後には我々自身の年金が控えている、というのがもっとも正しい理解でしょう。…是非、検討してもらいたいのが、依然JMMでも触れた「赤いファンド」になります。
 先ほど共産党員は40万人と書きました。党費は実収入の1%という話を昔、大学で民生で活動していた友人に聞いた記憶があるのですが、もし仮に40万人が10万円を拠出すれば、そこですぐに400億円のファンドが立ち上がります。また、革命の大義のためにその一人ひとりが100万円を拠出すればその金額は4000億円に膨れ上がります。
 その4000億円で、雇用に問題のある企業に対し、今度は株主としてモノを申すことこそ、重要ではないでしょうか(或いは時価総額4000億円の企業を買収してまさに生産手段を所有してもいいかも知れません)。その動きに実際の年金基金ファンドマネージャーが呼応するのであれば、それが新しい民主主義の回路になるように感じます。

現状の株安であれば、4,000億円あればかなりの企業が買収できるでしょう。今日現在の株価だと、三菱自動車資生堂、スズキ、クボタ、HOYA、ダイキンといった錚々たる企業の過半数をおさえることが計算上は可能です。これらの中から非正規労働を多数雇用している企業を買収して、雇い止めを一切行わずに内部留保を取り崩し続けてみてはどうでしょうか。あくまで突っ張れば、それほど長くはもたずに企業は倒産、4,000億円は水の泡、非正規労働も正社員も軒並み失業ということになるでしょうが…。
まあ、いろいろな企業に株付して「モノ言う株主」となるのもいいかもしれません、というか、すでに株主オンブズマンとか、いろいろな日本共産党の仲間(と単純に言ってしまうと怒られるかもしれませんが)が、たとえば(これは株式オンブズマンではなかったと思いますが)電力会社に株付して原発反対に「モノ言う」とか、あれこれやってますよね。私のような単細胞には、これは総会屋とどこが違うんだろう、と思えてしまうのですが、まあ個人の利益目的と「社会正義の実現」を一緒にするな、と言われてしまうかもしれませんが…。でも、三ツ谷氏の主張は「自分の年金資産を増やすため」なんですよね?
さてさて、思いがけずずいぶん長くなってしまいました。二日もかけるネタかなあという気もするのですが(笑)、今日はここまでとさせていただきます。明日はどうしましょうか、ね?

政府と企業の責任分担

上のエントリとも関連して、週末の日経から。土曜日の投資欄のコラム「大機小機」に、「吾妻橋」氏が「政府と企業の責任分担を見失うな」という一文を寄せておられます。氏は時折この欄に寄稿され、主に社会保障、労働の分野でたびたび鋭い指摘を提示しておられます。今回もまことに正論なので備忘的に転載しておきます。

 最近の派遣労働者の雇用打ち切りに対するテレビ報道の過熱ぶりや、それに影響されたかのような国会での政府首脳の応答ぶりをみると、市場主義の精神や政府と企業との役割分担の論理が、全く失われてしまったかのように見える。
 特に企業の内部留保が大幅に増えた中での大量解雇を批判した野党議員に対し、政府首脳が「何兆円もの内部留保を持つ大企業が時給千円足らずの人の職を奪うのは正しいか」と答弁したのには驚いた。国民経済計算ベースの営業余剰は2002年から07年までの5年間で5兆3,000億円増えたが、その前の5年間は過剰雇用のため7兆4,000億円も減った。その結果、投資が抑制され、不況が長引いて雇用機会が減少したとなぜ答弁できないか。
 これまでも政府の要人は「内需拡大のために賃上げを」と、労働組合と同様の発言を繰り返してきた。しかし不況時において、非正規雇用の維持や内需拡大まで企業の責任とされるなら、政府は一体何に責任を持つのか。
(平成21年1月17日付日本経済新聞朝刊「大機小機」から)

まあ、営業余剰が減ったのは過剰雇用だけのせいなのかとか、企業は内部留保を雇用増に有効な投資に本当に振り向けられているのかとかいった議論はあるかもしれませんが、基本的には正論ではないかと思います。上のエントリで取り上げたJMMの「金融経済の専門家」たちも、当然ながらこれについては一致しています。
もちろん、(省略してしまいましたが)「金融経済の専門家」も指摘するとおり、従業員の雇用を維持するために内部留保を活用することが投資としても適切だというケースはありえます。付加価値の高い技術、技能を持つ労働者であれば、来るべき増産に備えて、いまは仕事がなくても賃金を支払ってつなぎとめておくことは有意義な投資になるでしょう。とはいえ、やはり企業本来の役割は、内部留保を研究開発投資や設備投資などにも適切に振り向け、企業の成長を通じて雇用を創出し、労働条件を向上させていくことにあるのではないでしょうか。
企業の売上が減少し、利益が出ず、仕事のない労働者が増えているときに、「それでも企業は内部留保がゼロになるまで赤字を出してでも非正規労働者を雇用し続けろ」というのは、技術的な実現可能性はさておくとすれば、政府にとっては財源不要のセーフティネット整備であり、たしかに魅力的かもしれません。それに加えて「賃上げもしろ、内部留保があるじゃないか」というのは、これまた政府としてみればこたえられない財源不要のバラマキ内需振興策にみえるでしょう。しかし、いくら不況がいつまでも続くわけではないとはいっても、これはおよそ持続不可能でしょうし、仮に持続できたとしても企業を相当に痛めつけることは明々白々です。まあ、政府は2兆円の定額給付金(がいいかどうかは別問題として)をふくむ第2次補正予算案を編成し、政府なりに景気対策に乗り出そうとしていますので、政府がまったく責任を果たしていないとまでは申し上げません。しかし、企業にそこまで責任を負わせようというのは、あるべき責任分担の範囲を大幅に逸脱するだけにとどまらず、将来に向けた投資を阻害し、ひいては雇用の縮小をまねきかねないといった禍根を残すおそれがあります。
さてここからは床屋政談(「床屋」はPolitically Incorrectなんでしょうが、「床屋政談」は広く定着した用語で言い換えるのも変なのでご容赦ください)になりますので適当に読み飛ばしていただきたいのですが、このような愚論、小手先の刹那的な議論を、野党議員ばかりか政府首脳まで大まじめに語るというのは、衆参ねじれ国会の中で、遅くともこの9月には総選挙が必ず行われるという状況下にあって、各政党・政治家とも「背に腹は代えられない」状況にあるからでしょうか。「何兆円もの内部留保を持つ大企業が時給千円足らずの人の職を奪うのは正しいか」という言説は、たしかに情緒的には訴えるものがありそうですが、しかしその程度の情に訴えておけば国民の支持が得られると政治家が考えているのだとすれば、国民もなめられたものです。
吾妻橋」氏は続けて、「貴重な財源が無意味な定額給付金に浪費され、それを閣僚が受け取るか否かという低次元の論争が続いている。無駄な農業や道路予算の削減など公共事業費の改革も進まない」と嘆いておられますが、これまた選挙(それも自らの当落だけではなく、政権交代のかかった選挙)を控えた中では、「結局それ(閣僚が受け取るか否かとかいう低次元の論争)がいちばん支持率に影響し、票になるのだから」とか、「無駄な農業予算でも、削れば私が落選しかねないじゃないか」とか「とにかく地元に公共事業をつけなければ地盤がもたない」とかいった切実な事情があるのでしょう。本当にそのとおりだとすれば、これは選挙民も反省しなければなりませんが…。で、そのせいで「非正規社員へのセーフティネットの整備や教育・訓練、内需拡大のための投資を生み出す規制改革など政府がなすべき課題は放置されたままである」と「吾妻橋」氏の嘆きは続きます。まあ、政府としてみれば「非正規社員へのセーフティネットの整備や教育・訓練」は企業に押し付けておけばよい、ということかもしれませんし、「内需拡大のための投資を生み出す規制改革」に至っては、「規制改革」ということばを使うたびにで何百票か減ってしまう、というくらいの精神構造に追い込まれているのかもしれません(さすがにそんなことはないか)。これはこれで同情すべき点もあるかもしれませんが、本当に同情されるべきはそのせいで被害を受ける国民のほうなのですが…。
与野党双方が選挙目当てに大衆迎合策を競い合うこの状況は、不毛であるにとどまらず、有害の領域に入っているように思われます。その原因は「ねじれ」と「選挙」にありそうなので、とりあえず「選挙」だけでも早いところやってほしいものです。現状の成り行きでは、政府・与党は負け戦をズルズルと先送りしそう(定額給付金をバラまいてそれなりの手ごたえがあれば打って出るかもしれませんが)ですが、9月10日には任期満了ですから、遅くともその前の日曜日、9月6日には総選挙が行われるでしょう。で、おそらく先送りは結局は傷口を広げるだけに終わるでしょうから、総選挙後には民主党(中心の連立)政権ができるか、あるいは「政界再編」が起きるか、いずれにしても「ねじれ」が解消されることを期待したいものです。正直言って、民主党が組織・人材・政策において自民党に較べてさほど優れているとは私は思いません(単なる感想なのでさしたる根拠はありませんが)が、それで政権が安定するなら今よりはおそらくはるかにマシでしょう。とはいえ、どのような結果になるにせよ、新政権・与党は(成り行きからみて、選挙公約はかなり大衆迎合的なものになるでしょうから)、公約の現実的修正という困難な作業に取り組まざるを得ないでしょう。とはいえ、来年(たぶん)7月にはまた参議院選挙も控えていますから、それまで1年を切った状況下ではそのための時間はなく、引き続き大衆迎合競争が続く恐れもあります。それを考えても、もっと早く解散・総選挙に踏み切ってほしかったのですが…。