“ドメでよかった”日本経済

他にもいろいろ書きたいことはあるのだが、でもやっぱり昨今の経済状況についてというか、今何が起こりつつあるのかについて書き留めておくことにする。

多くの人が背筋で感じているように、今回の経済危機はほとんどの人にとって過去に経験のない未曾有のできごとになるだろう。だからこそ後から振り返った時に「あの時ってどんな感じだったんだっけ」ってことを記録に残しておくことに意味があるかも、と思うから。



まず最初に感じること、それは「国際的な国、企業、人ほど大変」ってこと。これは今回の経済危機の大きな特徴だ。

今、この経済状態をどう感じるかということについて人によってすごく温度差がある。危機感の強さは“グローバル経済に近いところにいる人ほど深刻”という状況で、“ドメスティックなものほど、日本だけで完結しているものほど、痛みからも危機感からも(まだ)遠い”という状態だ。

たとえば企業。ソニーやIBMは大規模なリストラを発表した。いずれもグローバル規模でのビジネス展開という点で非常に進んだ企業だ。自動車産業も、日本で国際競争力のある数少ない産業であり、世界規模でビジネスをしている。そして各社とも状況は深刻だ。

中でも海外販売依存度の高いホンダの社長の記者会見での表情は、まだ外部には発表されていない日々計、週計の悲惨さをよく表していた。ここ数年急ピッチで海外展開を図ってきたトヨタも戦後何十年ぶりかの単体赤字だという。

工場労働者の有期契約期限内解雇を通知したキヤノンも海外売上比率が非常に高い国際企業だ。基本的に「海外で成功していた企業ほど、今は大変な状況」なのだ。一方で、“ドメドメ”な企業ほど今は“まだ”この世界同時経済危機の影響を大きく受けていない。

もちろん金融機関でもこの差は顕著だ。グローバルに活躍していた欧米系の会社は盤石と言われたゴールドマンサックスを含めて赤字になりつつある。一方で学生を採用する時だけは“国際的でございます”と言い張ってはいたが実はドメドメでした、というメガバンクの受けている傷は圧倒的に浅い。これは他業界でもほぼ同じ状況だ。


そして人にも同じように影響がでている。最初に影響を受けているのが、上記のような“グローバル企業”で働いていた非正規雇用の人達だ。今は非正規雇用の問題であるが、これらの会社では来年春以降、正規雇用の人達にもボーナス、雇用の面で大きな影響がでるだろう。

一方で海外との取引なんて全くない小さなパパママショップに勤めている人の受ける影響はまだまだ軽微だし、公務員なんていう“定義として海外と関係ありません”という範囲にいる人達も盤石の地盤に立っている。


サービス業でもグローバル企業に依存していた周辺産業はいち早く影響を受け始めている。たとえば飛行機会社の稼ぎ頭である北米へのビジネスクラスは予約が大幅に減少、名古屋と東京の間の新幹線の席も空き始めている。過去5年くらいの間に次々とオープンした一泊4万円を超える外資系ホテルも頭を抱えている。港区に多く存在する家具付きアパートや、高級マンションの空き加減にも加速がついてきた。高給取りの外国人が好んでつかっていたレストランもクリスマス時期だというのに予約が埋まっていない。


マスコミもグローバル企業が払ってくれていた広告費への依存度が非常に大きかったし、不動産会社に関しても、海外投資家やファンドがお金をいれていたところから順番にふっとんでいる。


今、六本木付近で働いていた“外国人”の帰国ラッシュが始まりつつある。リーマンのアジア中東部門を購入した野村は、一部の“日本語ができない外人社員”にたいして「香港に異動するなら仕事を維持する」などのオファーを始めている。それ以外の外資系企業でも外国人社員を帰国させる動きが顕著だ。英語が得意で外資系で働いていた日本人でも部門クローズ、リストラなどで転職活動を始める人が増え始めた。


国に関しても同じだ。つい最近テロに狙われたインドは、IT産業を中心に“グローバルエコノミー”への組み込まれ方のレベルが非常に高かった。また(こちらの場合、やばくなっている理由はそれだけではないが)韓国も日本よりも圧倒的に輸出依存度の高い経済体制であった。そのために予想を超える大きな影響を受けている。


つまり日本は、国際化が圧倒的に遅れていたために、圧倒的に傷が浅くて済んでいる、のである。


これはなかなかに皮肉で、おもしろい(今回の経済危機の)特徴だと思う。


★★★

ドメな企業が相対的に余裕があるのは別の理由もある。彼らには大きな“バッファ−”がある、のだ。

たとえば国内だけで儲けていたメーカーの多くには、過去数年の景気のよい時代に相当の“無駄な経費”が発生している。余分な脂肪をため込んでいる、と言ってもよい。オフィスで雑用や手間のかかる作業を担当してくれる派遣社員、簡単に許可のおりる必要性の疑わしい出張、効果の検証もないままに行われてきた広告プロモーションや採用関連のイベント、厳しく検討されることのなかった取引先との会食の費用、などなど。実は彼らはこれらを切るだけでも今年分くらいなら販売分の落ち込みをカバーするレベルの“経費削減”が可能だ。

また日本企業の多くは、外資系ならとっくに解雇されていたであろう“働きの好くない大量の社員”を内部で養ってあげている。これらの人に“退場”していただくだけで、売り側には全く影響を与えずにコスト削減できる。


また彼らにはもっと大きな“隠し財産”というか“溜め”がある。たとえば販売不振、広告不振が伝えられる大マスコミ。広告も購読料も大幅落ち込みで大変とか言っていても、彼らの一番の財力は大量に保有する簿価のめっちゃひくい都心の不動産にある。オイルショックや円高といった過去の危機や厳しい国際競争の間にそれらの“溜め財産”をすべてはき出して乗り切ってきたグローバル企業とは“隠し持っているものの大きさ”が違う。

ちょっと余談だが、この“日本企業がいかに巨額な隠し財産をもっているか”を象徴的に示した事件が1996年に起こっている。銅不正取引に絡んで社員が3000億円という巨額の損失を出した住友商事の事件だ。これだけの損失がでれば、欧米の企業ならそのことによって倒産してしまう。(欧米の金融機関では内部のトレーダーなどが不正取引で巨額損失を出すと銀行全体が潰れてしまうことが実際に起こっている。)ところが日本企業の場合は、簿価のとても低い、しかも全然使っていない運動場やら社員寮みたいな土地を売り払うことによって、数年分の利益額にも値する巨額損失を補填できてしまう。

これらの無駄な蓄えがずうっと許されてきた理由は、海外で全く通用しないビジネスをやっているために外国人株主が非常に少なく、資本なり資産を全く有効活用しないという無駄に溢れた経営を見逃してもらえてきたからだ。そしてそのことが、この経済危機の中で日本企業を大きく守る“バッファー”として機能しつつある、ということなのだ。


“ドメでよかった!”と感じている人達が今、この国にはたくさんいる。





なんだか皮肉な状況になっていて笑える。


暴風に煽られて飛んできた巨大看板で、
先頭集団を走ってたランナーは全員転ぶみたいな。



そんな感じ。



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追記)このエントリの解釈についてのエントリは下記。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20081223


また、業界別に壊滅度を整理し、国際競争力のある業界の壊滅度が高く、壊滅度の低い業界にはドメな業界が多いことを整理したリストはこちら
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090108