「SOX法が不況の遠因」という説

ポッドキャストTWiT(No.171参照)を聞いていたら、John C. Dvorakが標記の説を唱えていた。SOX法批判は彼の持論で、今回の金融崩壊大不況も、そういう面があるというお話。

風が吹けば桶屋が儲かる」みたいな感じではあるけれど、シリコンバレーから見た実感としてはけっこう腑に落ちる。

彼の説はこうだ。もちろん、今回の騒ぎの引き金は「住宅バブル」がはじけたことなのだが、そもそもなぜ住宅バブルになったかというと、住宅市場に異常な量の資金が流れ込んだから。なぜそうなったかというと、いろいろ原因はあるのだろうけれど、一つにはここしばらく、株式市場に魅力がなくなっていたからだろう。株式市場には、大企業の安定株もあれば当たり外れの大きいベンチャーの急成長株もあって、いろんなリスク・プロファイルの株がたくさんあり、そのダイバーシティが大きければ大きいほど、全体としてはリターンが大きくなる、というのがポートフォリオ理論の基本だ。しかし、そういえばグーグル以来、ベンチャーの大型上場がなく、新規上場数もきわめて少ない。全体から見れば、ベンチャーの市場価値はそれほど大きくはないけれど、大きな成功をする上場がなければ、なんだか夢がないし、ポートフォリオ的にも、「成長指向ファンド」に必要なハイリスク・ハイリターンの要素が欠けてしまう。成長指向の株式ファンドにお金を入れておいても、たいして増えないのだ。そうすると、仕方なく資金は、手っ取り早く値上がりしそうな、中国だとか石油だとかサブプライム住宅とかに流れる。本来なら株式市場で吸収すべき資金が、よりリスキーな住宅市場に流れ込んだ、というワケだ。*1

そして、ベンチャーの大型上場がなくなったことに、SOX法が影響していることは、衆目の一致するところだ。いまどきのベンチャーは、上場など目指さず、グーグルやマイクロソフトに買ってもらうのが勝ち組。2005年以来のフェーズでおそらくシリコンバレー最大の成功例であるYouTubeも、その一つだ。

このところのシリコンバレーベンチャーキャピタルポートフォリオをざっと眺めてみると、流行のクリーン技術関連は別として、IT技術関連では、事業化資金が少なくて済み、ちょっとうまくいったところでどこかに買収されるのが適切な、モジュール的またはニッチ指向の小粒なサービスみたいなものが多い。うまくいけば大化けするかも、といったワクワク感のある基本技術があまり見当たらない。「次の大物」と期待されるクラウド・コンピューティングでも、主役はアマゾンやグーグルやIBMやHP、といった連中で、ベンチャーから画期的なものが出る、という感じには今のところなっていない。なんかこのごろ、この分野で画期的なイノベーションがないなぁ、という漠然とした感じは、おそらく多くの人が持っている。

住宅に異常な資金が流れ込んでいるのは株で行き場がないからだろうと漠然と感じていたが、ほんとにそうなのかなぁ、シリコンバレーで大型ベンチャーが出ないのも、なんでかなぁー、もうイノベーションの時代は終わりなのかなぁ、とずっと思っていたのだけれど、SOX法がこの悪循環を作り出した、という説は説得力がある。SOX法が成立したのは2002年夏。その後、細則が決まったのが2003年で、それから徐々に企業が対応しているので、時期的には確かに合致している。

さらにDvorakの毒舌は、「SOX法で、実業やってる企業をしぼりあげておいて、金融企業は全く野放しだったじゃないか。SOX法は今回の危機を防げなかったじゃないか。だいたい、SOX法がもしあったとしても、おそらくエンロンワールドコムも、防げなかっただろう。それなのに、イノベーションを抑圧する結果になっている。百害あって一利なしだ。」と続く。

他にもいろいろ要因が重なっているのだけれど、そして私は金融もSOXも専門ではなくわからないことが多すぎて断言はできないけれど、この点も要因の一つ、というのは心情的には賛成できるなぁ。「角を矯めて牛を殺す」ってやつ。

*1:サブプライム住宅が、ダイバーシティの一つ程度の規模で済んでいたらよかったのだろうけれど、それを超える規模になってしまった、ということだろう。それに、株式は長年の経験の蓄積があって、財務情報の公開方法や、それを分析する手法も整備されているけれど、サブプライム住宅やそれにまつわる種々のデリバティブにはその蓄積がなかった。