2003年に何が起きたのか?

30日のエントリで、2003年の溝口財務官の為替介入について取り上げ、結局これはクルーグマン1999年の論文の一節に書かれた政策を実際に実行したものだ、と論じた。
その翌日(12/1)、このエントリに大幅に加筆した。当初は、てにをはを少し直すだけのつもりだったが、そのうちにあることに気づいて、それについて考えているうちに、いつの間にかクルーグマンからの引用箇所を増やし、文章も追加し、グラフを2枚足していた。


最初このエントリを書いたときは、財務官僚にしては珍しく経済を正確に理解している男が、日銀が渋っていたリフレ政策を為替介入にかこつけて実施し、日本経済を回復させた、という一種の英雄譚として2003年の溝口財務官の行動を理解していた。そして、彼のその行動が、結果的にはクルーグマンの日本への政策提言を実現した形になった、という主旨でエントリを書いた。


だが、一昨日のこのエントリを見直していて、本当にこの政策が景気回復につながったのか、と改めて考えてみたら、少なくともクルーグマンが予想した経路での効果は発揮されていなかったことに気づいた。


クルーグマンが予想したのは

  • 民間の代わりに政府が資本輸出を行った結果として生じる経常黒字による内需拡大
  • 非不胎化介入に伴う量的緩和による期待インフレ上昇

のいずれかの経路である。


このうちの2番目の経路であるが、30日のエントリの3枚目のグラフや、注記で紹介した農林中金の南武志氏の分析に見られるとおり、介入はベースマネーの増加をもたらしていない。


1番目の経路については、30日のエントリの1枚目のグラフにあるとおり、確かに経常黒字は前年度比で増えてはいる。しかし、巨額の介入のほとんどは、経常黒字増大ではなく、前年度まで赤字だった資本収支を大幅な黒字に転換することに費やされた。この「漏出」により、クルーグマンが想定した経常黒字によりGDPギャップを埋める効果は、介入額に比べれば無きに等しいものに留まった。
クルーグマンは、論文の3節でMAMモデルを援用し*1、GDPギャップを埋めるだけの経常黒字が生じるためには、大幅な円安――例えば1ドル=200-250円くらい――が生じなくてはならないと述べている。しかし、30日エントリの2枚目のグラフに示したように、2003年はむしろ円高が進行した*2


つまり、クルーグマンが想定した2つの経路のいずれも、2003年には姿を現さなかった。


そこで、小生は、溝口介入が景気を回復させたとしたら、第三の経路という意外な形だったのではないか、と論じた。それは、海外からの資本流入で投資が伸び、S-I(貯蓄超過)が縮小する、という経路である。クルーグマンはS-IとNX(純輸出)のギャップを指摘し、それをNXの増加により解消する可能性を上述の1番目の経路で指摘したのだが、実際に生じたのはS-Iの減少による解消だった、ということである。


30日のエントリでは、これらはex anteの話なので、すぐに実物投資に結びついたわけではないだろう、という留保を付けた。ただ、下記のGDP成長寄与度グラフを見ると、2003年度に早くもそれまでマイナスだった設備投資の伸びがプラスに転じ、GDPの伸びを支えている。それに対し、純輸出の伸びは2002年度に既にプラスに転じており、溝口介入によって伸びたわけではないことが分かる(しかも、2004年度は2003年度に比べむしろ減少している)。従って、実物投資面から見ても、第三の経路の可能性は支持されるように思われる。

(ソース:内閣府HPの年度ベース実質GDPの寄与度データ


もちろん、2003年は、溝口介入以外にも、福井新日銀総裁による予想外の積極的な量的金融緩和政策や、りそな銀行救済といったイベントがあった。そのどれが景気回復に本当に寄与したのか、それともそれらの合わせ技によるものだったのかは、早々に結論が出せる問題ではない。今後の本格的な研究が待たれるところである。

*1:ただしMAMの名前自体は出していない。

*2:経常黒字の増加も、この円高により、Jカーブ効果の最初の部分として生じた分が大きいかもしれない。←[12/12削除]良く考えてみると、図の経常黒字は円建てなので、それはない。翌年の経常黒字の伸び鈍化はJカーブ効果の後半部分が効いたかもしれないが…。