中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/11/23 日曜日

ウォーレン・バフェットはアメリカ資本主義を救えるか

Filed under: - nakaoka @ 13:56

株式投資をしている人なら、ウォーレン・バフェットという名前を知らない人はいないでしょう。独自の投資哲学を持ち、長期投資で大きな成功を収めている人物です。彼は今、時の人でもあります。オバマ次期大統領が信頼を寄せる人物の一人で、実現はしませんでしたが、一時は次期財務長官候補の一人として名前が挙がっていたほどです。もう一つ、注目されているのはゴールドマン・サックスやGEへの巨額の投資です。彼は「目先の株価の動きは分からないが、ゴールドマン・サックスは優れた経営能力を持ち、アメリカにはなくてはならない企業である」と、投資の理由を語っています。短期的な投機的な動きが主流になっている中で、独自の投資姿勢を崩していません。彼の投資哲学について書いてみました。なお、これは『週刊エコノミスト』に寄稿したものです。同時にヘッジファンドを代表するジョージ・ソロスの考え方も紹介します。

今こそアメリカ株を買うとき

サブプライムローン問題に端を発し、米国から始まった金融危機は世界を震撼させた。各国の株式市場は大混乱に陥り、1929年のブラック・マンデー以来の最大の暴落を記録した。各国の中央銀行はかつて例のないほどの資金を金融市場に投入し、凍結した短期市場の救済に動いた。同時に多くの銀行は巨額の評価損を計上し、資本の毀損は著しく、各国政府は公的資金を使って資本注入を決めた。金融市場や株式市場の混乱はやがて実体経済に及び、深刻な世界リセッションを引き起こすと懸念されている。事実、アメリカ、イギリス、EUは軒並みマイナス成長に陥っている。中央銀行による利下げ、政府の積極的なテコ入れにも拘わらず、株式市場の回復は鈍く、多くの投資家は株式投資から離れつつある。

そんな中で、「私はアメリカ株を買っている」と語るのは“投資の神様”と言われるウォーレン・バフェットである。同氏は10月17日の『ニューヨーク・タイムズ』に「アメリカ株を買おう。私も買っている」と題する記事を寄稿し、「私は自分の口座を使ってアメリカ株を買っている。以前は自分の口座を使って財務省証券以外に投資したことはなかった。もし価格が魅力的に見えるなら、私の投資会社バークシャー以外で私が持っている純資産の100%がアメリカ株になるだろう」と書いている。

なぜこんな時期に敢えてアメリカ株を買うのか。同氏の寄稿文の続きを読んでみよう。「私がアメリカ株を買うのは単純なルールからだ。すなわち他の人々が強欲な時は用心し、他の人々が用心しているときは強欲になる、ということだ。確かなことは、現在、恐れが蔓延し、熟練した投資家さえ身をすくめている」と株式市場の状況を分析し、「アメリカの多くの健全な企業の長期的な繁栄を懸念することは全く意味のないことである。かつてと同様に健全な企業も一時的に収益が低迷することはある。しかし、ほとんどの大企業は5年、あるいは10年、20年後に過去最高の利益を計上するだろう」と指摘する。現在、金融市場は危機的な状況にある。だからといってアメリカ経済そのものが破綻するわけではないと主張している。

バフェットは“長期投資”で成功を収めた投資家である。同氏が保有する投資会社バークシャー・ハザウェーはほぼ一貫して市場のパフォーマンスを上回る実績を上げている。同社が設立された65年から07年までの43年間でS&P500よりも運用が下回ったのはわずか6回に過ぎない。同社の運用がマイナスになったのは、ITバブルが弾けた04年の一回だけである。同期間の年間の運用率は21%を超えている。同じ期間のS&P500のほぼ倍の運用実績を上げている。また43年間で資産価値は4008倍に増え、S&P500の68倍を大きく上回っている。最近時点で比べても、88年か末から07年末までの間にバークシャーのポートフォリオの総価値は35・6億ドルから695億1000万ドルに増えている。平均年率の増加率は16%を上回っており、同期間のS&P500の収益率10%強を大きく凌駕している。

株式投資の世界では、長期的に株価指数を上回る運用を行うのは難しいと言われている。バフェットの運用は、そうした株式投資の常識を覆すものであった。そうした長期的な運用実績を背景にバフェットは「長期的な観点から見れば、今こそアメリカ株は買い時だ」という。

20世紀に入ってアメリカ経済は何度も危機を乗り越えてきた。大恐慌、10回を超えるリセッションと金融パニック、石油ショック、大統領の辞任など市場を揺るがす多くの出来事や事件があったが、「ダウ株価は66ドルから1万1497ドルにまで上昇した」と、アメリカ経済の復元力の強さを指摘している。

さらに同氏は株価暴落を懸念して株式を現金に換えている人々に向かって、「今は安心した気持になっているが、安心していてはだめだ」と忠告する。なぜなら世界経済を待ち構えているのはインフレであり、現金の価値は確実に目減っていくと警告している。今、各国の中央銀行は信じがたいほどの資金を市場に供給している。もし経済理論が有効なら、間違いなく遠くない将来、インフレが起こるというのが、同氏の主張の根拠である。

成功の秘密は銘柄選択にある

バフェットの株式の銘柄選択には魔法はない。同氏の投資格言に「自分が良く知っている会社の株を買え」というのがある。バークシャーのポートフォリオの内容を見ると、その格言通りの投資が行われているのが分かる。07年末の時点で簿価の高い順で銘柄を見てみると、一位は飲料メーカーのコカコーラ、二位は大手銀行のウエルズ・ファーゴ、三位は個人金融のアメリカン・エキスプレス、四位は家庭用品のプロクター&ギャンブルである。いずれも誰もが知っている企業である。コカコーラの投資は約13億ドルの簿価に対して時価は約123億ドルで、資産は約4・4倍の増加となっている。

ちなみに03年末のポートフォリオと比べると、一位はコカコーラで変わらず、二位はアメリカン・エキスプレス、三位はウエルズ・ファーゴ、四位がジレットと、現在とほとんど変わっていない。これからバフェットの投資戦略が長期投資であることが伺える。ちなみにアメリカの銀行はサブプライムローン問題で大量の不良資産を抱え込んで経営危機に直面している。

その中でウエルズ・ファーゴは極めて健全な経営をしていることで知られている。ポールソン財務長官が大手九行の首脳を財務省に呼んで資本注入に同意するように迫ったとき、ウエルズ・ファーゴのリチャード・コヴァセビッチ会長は「当行は問題のあるサブプライムローンに投資していないので資本注入による救済は必要ない」と財務省の圧力に抵抗している。最終的には大手九行すべてに資本注入するという財務省の強硬な姿勢に押し切られ、同行は資本注入を受け入れている。また同行は経営危機に陥っている大手銀行ワコービアを買収するなど、経営と財務内容の健全性を誇っている。これもバフェットの投資哲学の成功例といえよう。

ゴールドマン・サックスへ投資

ある投資ファンドの責任者は「バフェットはバックミラーを通して過去を見るのではなく、フロントミラーを通して将来を見据えながら投資をしている」と語っている。最近の投資活動から、バフェットがアメリカ経済とアメリカ企業をどう見ているかを知ることができる。最も注目されるのは、ゴールドマン・サックスに対する投資である。

金融危機の最中の9月23日、バフェットはゴールドマン・サックスから50億ドルの優先株を購入すると発表した。投資の内容は、優先株に10%の配当が払われ、ゴールドマン・サックスが優先株を買い戻す際には10%のプレミアムを支払う。同時に同社は50億ドルの普通株のワラント(購入権)を売り、行使期間は5年以内、行使価格は115ドルである。投資決定に際してバフェットは「ゴールドマン・サックスは優れた企業であり、国際金融で匹敵する企業は存在しない」と語っている。さらに24日にCNBCのインタビューに「価格も条件も妥当なので私は小切手を切る決断をした」と答えている。

他方、ゴールドマン・サックスのロイド・ブランクファイン会長も「この投資によって当社の資本は増強され、流動性ポジションも改善する」と歓迎のコメントを発表している。市場も「金融機関に対する信頼を回復するのに貢献する」と好意的な反応を示した。少なくともバフェットは、ゴールドマン・サックスは金融危機を生き延びると判断したと市場は受け取った。ゴールドマン・サックスの株価は危機発生後36%下落していたが、記者発表後、約8ドル上昇して133ドルを付けている。

投資は急激に決まった。記者発表の数時間前にオマハにあるバークシャーの本社にいたバフェットのもとにゴールドマン・サックスの担当者から電話が掛ってきた。用件は、バフェットに投資を促すものであった。ウォール街のエリート投資銀行であったゴールドマン・サックスはブラックファイン会長の下で経営の主体をトレーディング業務にシフトし、それに伴い巨額の負債を抱えていた。資金繰りも厳しく、投資銀行から銀行持ち株会社に転換して生き残りを図らざるを得ない状況にあり、バフェットの投資資金は喉から手がでるほど欲しい資金であった。倒産したリーマン・ブラザーズもバフェットに救済を求めたが、「同社の提示した条件は非現実的であった」ことから、申し出を断っている。

ゴールドマン・サックスへの投資が発表されてから8日後、ジェネラル・エレクトリック(GE)もバフェットに救済を仰いでいる。金融子会社がサブプライムローン関連で巨額の損失を計上したことで、GEも経営危機に直面していた。今年に入って株価は35%も下落している。バフェットはGEの要請を受けて30億ドルの優先株を購入することで合意、配当は10%である。さらに5年間で同社のGEの普通株を30億ドル購入できるワラントも取得している。GEは政府の金融機関救済策の対照にならず、独自で資本増強をしなければならなかった。バフェットは、極めて短期間にアメリカを代表する二つの企業に巨額の投資を行う決定をしている。

実はゴールドマン・サックスへの投資決定の二週間前にコンストレーション・エナジー・グループへ47億ドル投資することを決めている。同社は原子力発電会社である。バークシャーが投資している企業の中には発電会社やガス会社なども含まれており、コンステレーション・エネルギー・グループへの投資も、同じ投資哲学に基づくものである。エネルギー関連では、原子力発電の開発建設会社ユニスター・ニュクリア・エナジーの株式を半分所有している。同社は原子力発電の分野で世界有数の企業である。さらにエネルギー関連でミッドアメリカン・エナジー・ホールディングの株式を保有するなど「アメリカの原子力エネルギー産業を再編成する」(『ウォール・ストリート・ジャーナル』9月28日)立場にある。

アメリカ経済の救世主か?

多くの投資家が尻込みするなかで積極的な投資をするバフェットは際立った存在になっている。金融危機で意気消沈するアメリカの経済界の中で、その存在感が一段と増している。9月29日に発売になったバフェットの評伝『スノーボール』は、数週間で70万部を売り上げ、ノンフィクション部門でベストセラーになっている。今や数少なくなったカリスマ性をもった経済人でもある。「もし彼が大統領に当選すれば、私は幸せである。なぜなら彼は私が選んだ人物だからだ」と、バラク・オバマ民主党大統領候補を支持している。同氏はリベラルな民主党員で、一部のメディアではオ
バマ政権が誕生したら財務長官候補の一人に同氏をあげている。

毎年、決算発表の際に発表する「株主への手紙」は、投資家にとって必読の文章となっている。投資家は彼の意見に耳を傾ける。多くの投資家は単に投資アドバイスだけでなく、彼の言葉の中に人生のアドバイスも感じ取ろうとしている。バフェットは投資家として大きな成功を収めたが、「自分の成功の大半は幸運によるものだ」と語っている。また彼はアメリカ有数の慈善活動家でもある。彼は「人生の成功はあなたを愛している人を、あなたがどれだけ愛せるかで決まる」と語っている。

一方で資本主義や市場経済の信奉者でありながら、柔らかい心を持っている人物である。徹底した競争主義の中でアメリカ企業は多くの物を失い、危機に直面している。バフェットの投資は多くの投資家を勇気付けるだけでなく、古き良きアメリカ資本主義を復活させるものかもしれない。

ジョージ・ソロス論

今回の金融危機の中でバフェット以外に注目された人物がいる。ヘッジ・ファンドのソロス・ファンド・マネジメントのジョージ・ソロス会長である。彼は1973年に設定した「クオンタム・ファンド」の運用で巨額の利益を上げてきた。彼がヘッジ・ファンド業界の寵児になったのが1992年に英国のポンド危機の時、大量のポンドを空売りして巨額の利益を上げたときである。また97年のアジア金融危機の際も投機で巨額の利益を上げている。

彼はサブプライムローン問題で再びファンドを自ら指揮し07年に29億ドルの利益を上げている。今年も金融危機が続くとの予想から空売りの投資戦略を立て、「米欧の株式と米財務省証券、ドルは売り、中国、インド、湾岸諸国の株式とドル以外の通貨は買い」の投資戦略を取ってきた。金融不安が続くとの見通しは当たったが、新興諸国の通貨や株式も大幅に下落をしており、最終的にどの程度の運用実績をあげたか興味深い。ちなみに彼のファンドは年初から倒産したリーマン・ブラザーズの株式を買い増し、8月の段階に約1・8億ドル保有していた。

ただソロスを単なる投機家として理解するだけでは不十分である。87年に出版した著書『The Alchemy of Finance』の中で市場の動きを“再帰性(reflexivity)”という概念を使って説明し、学者が説くように市場は合理的ではなく、市場参加者の思惑などで決定され、均衡から逸脱するという論理を展開している。さらに近著『The New Paradigm for Financial Markets』の中でその論理を推し進めるなど、正統派経済学者に真正面から挑戦している。

彼は、今回の住宅バブルは市場参加者の“再帰性”を通して発生し、証券化という金融イノベーションを通して“スーパーバブル”に発展したと主張している。また“スーパーバブル”は、国際化、信用拡大、規制緩和がもたらした結果でもあると指摘している。10月22日のCNNでのインタビューで、アメリカ主導の国際化、規制緩和は「市場が自己調整的であるという信念に基づいて行われた」と、80年代のレーガン政権以来の政策を批判。今回の金融危機に際してもポールソン財務長官の“市場原理主義”が事態を悪化させたと指摘している。

また「今回の金融危機は米国主導の市場システムの終焉を意味する」とも指摘。米国の消費は落ち込み、世界はリセッションに陥り、大幅な需要減退を経験すると予想している。それに対する対処として環境や地球温暖化対策、代替エネルギー開発などの分野で積極的に投資することで雇用創出を行うべきだとしている。

3件のコメント »

  1. やっほー!
    初めまして~~。

    いつも楽しみにしていまーす!
    お仕事頑張ってくださいね~(笑)

    コメント by かなみ — 2008年11月26日 @ 00:07

  2. バフェットさんの考えもっともだと思います。
    だだ彼が生きているうちに利益が果たして出るのでしょうか?

    まあ彼にそんな欲なんてないんでしょうね

    非常に興味深いエントリーでした。

    コメント by ホストクラブ — 2008年12月4日 @ 15:30

  3. また 遊びに来ます。

    コメント by ホスト ホストクラブ 求人 — 2009年5月4日 @ 14:34

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