アニュアルレポートでファン作り――“Good Guy”な企業をアピールするために郷好文の“うふふ”マーケティング

» 2008年11月06日 15時00分 公開
[郷好文,Business Media 誠]

著者プロフィール:郷 好文

マーケティング・リサーチ、新規事業の企画・開発・実行、海外駐在を経て、1999年より2008年9月までコンサルティングファームにてマネジメント・コンサルタントとして、事業戦略・マーケティング戦略、業務プロセス改革など多数のプロジェクトに参画。 2008年10月1日より独立。コンサルタント、エッセイストの顔に加えて、クリエイター支援事業 の『くらしクリエイティブ "utte"(うって)』事業の立ち上げに参画。3つの顔、どれが前輪なのかさえ分からぬまま、三輪車でヨチヨチし始めた。著書に「ナレッジ・ダイナミクス」(工業調査会)、「21世紀の医療経営」(薬事日報社)、「顧客視点の成長シナリオ」(ファーストプレス)など。中小企業診断士。ブログ→「マーケティング・ブレイン」


 私は自分をライターではなく「エッセイスト」と称している。文章を書く人という意味では、両者にそれほど差異はない。だが、ライターには作業的に書く人、一方エッセイストには何かを受けとめて書く人という語感があるため、後者でありたいと思っているのだ。

 改めてそう誓ったのは、顧客のありのままの姿を受けとめて、アニュアルレポート※を制作する、株式会社イグザックを取材したからだ。

※アニュアルレポート……上場企業が事業年度終了後に作成する、財務諸表などを記載した報告書のこと。海外の株主・投資家や取引先に向け、経営内容についての総合的な情報を紹介している。

お土産でしかないアニュアルレポート

イグザックの大和克好社長

 「日本でアニュアルレポートは“お土産”でしかないんですよ」

 取材の冒頭、イグザックの大和克好(やまと・かつよし)社長はそう切り出した。

 機関投資家やアナリストを集めてのIR説明会。経営者がパワーポイントを使って、経営計画や事業戦略を熱弁する。質疑応答を終えて、会がお開きになった時に、「よろしければお時間のあるときにご覧ください」と渡されるのがアニュアルレポートだ。しかし、パラパラめくられれば良い方で、書棚や書類フォルダーに投げ込まれてお仕舞いというケースも多いという。

 なぜ読まれないのか? 「それはアニュアルレポートに読者視線がないから」と大和社長は断言する。お堅く無難な内容でまとめられた冊子は、読んでも面白くない。「読まれるアニュアルレポートを作りたい」と、大和さんは考えた。

 アニュアルレポートの一般的な制作現場は、何でも屋のコーディネーターが構成を決めて、写真家や編集デザイナーに“投げる”だけのもの。たいていのデザイナーは経済知識が不足しているので、浮いたデザインの図表が混じることもあり、データを右から左に移しかえただけの無味無臭な冊子になってしまいがちだ。

 イグザックでは経済知識もあるコーディネーターが核となり、デザイナーやイラストレーター、写真家やライターを有機的に結びつける分業体制をとっている。ウェブなどで基本情報を集め、今年の課題やマーケットの状況などの話を顧客企業からヒアリングした上で、アニュアルレポートの全体テーマを2〜3案、顧客企業に提示する。テーマが決定すると、それをいかに読者に効果的に伝えるかを意識しながら中身を制作していく。完成までには5〜6カ月かかるという。

読まれるアニュアルレポート作り

 「読まれるアニュアルレポート」を目指して制作した成果が、世界最大のアニュアルレポートコンペティション「International ARC Awards」でのGrand Award受賞だ。受賞の対象となったのは、ベンチャー企業への投資活動を行うジャフコの2007年度アニュアルレポート(PDF)。Grand Award受賞は、日本企業としては初の快挙だった。

ジャフコの2007年度アニュアルレポート表紙(左)、表紙をめくると“Who We Are?”という見出し(右)

 表紙に描かれた“果実(投資の回収)”をめくると、“Who We Are?(われわれはどんな人々か)”という見出しが目に飛び込んでくる。そして、“Value Creation through Private Equity(非上場企業へ投資することで価値を創出する)”というテーマを掲げ、事業戦略や市場環境分析、投資スタイルなどを図や写真をからめて紹介。キャプションや写真、図表のデザインが工夫されているだけでなく、ストーリー性も加えた構成にしており、イメージ喚起力の高い冊子に仕上がっている。

Attract:Encouraging risk money(マネーをひきつける)→Balance:Making Full-line Investments(さまざまな分野に投資してバランスをとる)→Nature :Increasing the value of portfolio(ポートフォリオの価値を上げる)→Yield:Promoting IPOs(株式公開を促進)――こうした図を使うことでジャフコのビジネスモデルを分かりやすく説明する

企業表現はGood Guyの時代

 「これからの会社は、“Good Guy Company”じゃないとダメなんです」

 大和社長は強調する。“Good Guy(グッドガイ)”とは良いヤツ。好業績を売りにしているだけでは、少し経営が傾くと逃げられてしまう。それよりは感じの良い企業ということで気に入ってもらうことが、長期投資家を得る上では重要になってくる。大和社長がお手本にしているという欧米企業のアニュアルレポートを見せてもらった。

 下の写真は、テレコムオーストリアのアニュアルレポート。表紙でいきなり「純利益は12.3%減少、有利子負債は39.1%も増えた」と堂々と悪いニュースを伝えている。しかしページをめくると、「セルビア共和国やマケドニア共和国で65万100人の新顧客が加入しました」と良いニュースを伝える仕組みになっている。会社の状況を率直に投資家に説明しているのだ。

 しかもユーモラスなマンガ付きなので、日本のお堅いビジネス文書に慣れた人なら驚くかもしれない。表紙では父親が「お前を育てるのに24万ユーロもかかったよ」と文句を言っているが、次のページでは「あれ、今さっきなんていったっけ? オレもボケたもんだ」ととぼけている。投資家の好意をつかむための表現がうまい。

テレコムオーストリアのアニュアルレポート

日本テイストでGood Guyな日本企業をアピール

 大和社長は日本NCRでキャッシュレジスターの営業を経験した後、1980年ころにアニュアルレポート業界に入った。当時、アニュアルレポートの制作会社はコンサル系や翻訳会社系など3社しかなく、そもそも企業にはアニュアルレポートを作る習慣さえなかったという。飛び込み営業をして、広報担当者にアニュアルレポートの意義を説くことから仕事は始まった。

 それから二十数年。株式の持ち合いが横行していた時代は終わり、企業は株主にメッセージを発信していく必要が出てきた。メッセージを受け取ってもらいやすくするには、柔らかく伝える努力が必要。大和社長にこれからの展望を尋ねると、「漢字やコミックなど“日本テイスト”を盛り込みたい」と答えてくれた。Good Guyな日本人をアピールするためには、そうした日本ならではの強みを生かすのが近道になるかもしれない。

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