米国発の金融危機が世界中に蔓延し、世界の株式市場が激震に見舞われた。連休明けの14日の株価は急反発したものの、金融危機に揺さぶられた投資家の心理は、疑心暗鬼を完全に払拭したかは予断を許さない。
だが、悲観一色ではない。「ピンチはチャンス」とばかりに、割安となった株式を買い進める投資家もいるのだ。そんな投資家の1人で株式の長期運用で実績のある、さわかみ投信の澤上篤人社長に話を聞いた。

澤上篤人(さわかみ・あつと)氏
「さわかみ投信」社長。1947年愛知県名古屋市生まれ。69年に愛知県立大学卒業後、松下電器貿易(現パナソニック)入社。70年に退社して欧州に渡り、74年までスイス・キャピタル・インターナショナルでアナリスト兼ファンドアドバイザー。ピクテ・ジャパン社長などを経て、96年にさわかみ投信顧問(現さわかみ投信)設立。99年に日本初となる独立系ファンド「さわかみファンド」の運用を開始。『10年先を読む長期投資』(朝日新書)など著書多数。「日経マネー」にコラム「ゴキゲン長期投資」を連載中。
―― 先週末の10月10日には日経平均株価が一時8000円台になるなど株価の大幅下落が続きましたが、今の株式市場をどのように見られていますか。
澤上篤人 相場の細かい動きなんか見ていません。買って、買って、買って、買いまくって、カネがぜんぜんありません。一言で結論を言えば、「お金はありませんか。あったらいくらでも引き受けます」ということです。1兆円あったら、(株を)1兆円買う。即刻、すべてを買い注文に出します。
―― 1カ月前に比べても株価が3~4割も下落している銘柄はたくさんあります。今後成長が見込める会社の株式なら、今は「割安」ということですか。
澤上 景気が悪くなれば、当然のことながら、減益になります。だからと言って、全部の会社が潰れるわけではありません。それならば「潰れない会社の株を買えばいい」、ということです。景気悪化を理由に株価が下がっているわけですが、今の下落幅はそれ以上に下がっています。そこまで分かっている人だったら、今こそ「買い」のチャンスなのでは、いうことです。
―― 大幅に下落した時は、市場全体がパニックに陥っているという印象があります。その背景にはメディアが騒ぎすぎ、ということですか。
澤上 確かに騒ぎすぎという面はありますが、メディアは今を語るのが仕事だから、株価が急落していれば「急落している」と報じるのは自然なことでしょう。では投資家はどうすべきか。メディアが伝える「現実」に対して、将来をどう見据えるかが問われている。
買う株は既に選んである
将来ダメになりそうな会社の株は買わなければいいし、株価がさらに下がりそうだと思えば空売りだってすればいい。今後、個人の購買力が高まらないまま経済が失速すれば、商品やサービスに対する消費者の選択眼は、ますます厳しくなっていく。つまり企業からすれば必要・不要がよりシビアに判断される時代となる。
したがって、原材料高の川上インフレの圧力を吸収しつつも販売価格に転嫁できる「消費者に必要とされる企業」であれば、今後景気がどうなろうともその強さが徐々に明らかになってくるはずです。そうならば株価が割安のうちに、何のためらいもなくその会社の株を買わなくては。投資家とは、将来を見据えて、今行動できる者だからさ。
―― 世界一の富豪ウォーレン・バフェット氏が米投資銀行ゴールドマン・サックス(GS)や米ゼネラル・エレクトリック(GE)に巨費を投じたのも同じ理由からですね
澤上 さすがです。バフェットさんなら、やはり行動すると思った。それが投資家としての自然な行動。将来を見据えれば、今の株価は恐ろしいまでに安く売られているのではないでしょうか。だから今株を買うのは当然なことです。
さわかみ投信もバフェットさんのバークシャー・ハザウェイのように豊富に資金があれば、いくらでも投資したい状況です。うちの純資産は二千数百億円しかありません。
繰り返しになりますが、仮に誰かが1兆円でも2兆円でも入れてくれたら、即座に全額を「買い」に入れますね。もう、どの会社の株を買うかは、既に選んであります。
―― 賢人バフェットだからできるというわけではなく、日頃から自らの投資スタンスが決まっていれば、株価が下がっても焦る必要はないということですね。
澤上 それが長期投資家というものです。過去4年半ぐらいを振り返ってみれば、デリバティブ(金融派生商品)とか住宅ローンの証券化とかに対してバフェットさんはずっと警鐘を鳴らしてきましたよね。「行き過ぎだ」「気をつけた方がいい」「あぶない」と。実際に、彼はそういう投資先には一切カネを出してこなかった。
結局、今の状況は実体の伴わない「バーチャルマネー」が暴れまくった揚げ句に、ドーンとひっくり返っただけです。訳が分からんところにはカネを入れてこなかったから、逆に今は二束三文で売られている株を買える。自分たちが狙っている会社の株が安くなるまでひたすら待って、その時が来たから迷わず買いに走るというわけ。
これまで、金融はずっと浮ついてきました。それを私は「金融が跳ね回りしている」と言ってきました。ハードマネー(通貨)が大量に増発されて、マネーの過剰流動性が高まった。上乗せする形でローンの証券化があり、ヘッジファンドなどがレバレッジ(てこ)をかけてきた。要するに、実態以上の信用が「創造」されてきた。
始まりはニクソン・ショック
長期投資家は経済の実態を見て投資する者だから、バーチャルマネーの動きは横目に見ていました。しかし、自分たちがそれにかかわり合う気はさらさらなかった。さわかみファンドは、設立から9年10カ月になりますが、金融や不動産でも浮ついたところには一切投資してきませんでした。
今苦しんでいるところは、実体経済と乖離したところにまで勝手に登り、そこから落ちてしまっただけのこと。私はそれを「自爆」と呼んでいます。当事者にしたら大変なことでしょうけど、それは自助努力で乗り切ってもらうしかありません。
米国発の金融危機によって、一時的にせよ世界経済は悪い影響を受けている。ですが、それで世界が永久にダメになるとは思わない。だから安く売られている株は買う。それは私たちの投資スタイルに合うからです。
マスコミ的には「バフェット氏は今の金融危機を読んでいた」などと言いたくなるかもしれませんが、「自分が分からないもの」「自分の投資スタイルに合わないもの」にはカネを出さないという鉄則を貫き通しただけのことと思います。
―― 今回の金融危機の背景をどのように分析されていますか。
澤上 結構、根が深いです。バーチャルマネーを含め、金融の独り歩きが始まったきっかけは1971年にまで遡ります。その年の8月にニクソン大統領が金とドルの交換を停止し、併せて変動相場制への移行も宣言しました。いわゆるニクソン・ショック(ドル・ショック)ですね。
それ以来、ドルがすごい勢いで世界中にばらまかれ、その流れは2度の石油ショックに加速することになりました。日本だけ例外的に2年くらいで回復基調に乗ってしまいましたが、それ以外の国は石油ショックの影響で低迷しました。経済が減速したので、テコ入れのためにカネの供給量が増えた。マネーの過剰流動の芽は、その頃から出ていたわけです。
【お申し込み初月無料】有料会員なら…
- 専門記者によるオリジナルコンテンツが読み放題
- 著名経営者や有識者による動画、ウェビナーが見放題
- 日経ビジネス最新号13年分のバックナンバーが読み放題