板倉雄一郎事務所 Yuichiro ITAKURA OFFICE

企業価値評価・経済・金融の仕組み・株式投資を分かりやすく解説。理解を促進するためのDVDや書籍も取り扱う板倉雄一郎事務所Webサイト

feed  RSS   feed  Atom
ホーム >  エッセイ >  パートナーエッセイ >  By T.Kimura  > サムライ会計 第8回「値上げと訴求力その2」

サムライ会計 第8回「値上げと訴求力その2」

昨日の緊急アップデートにより、本日はパートナーエッセイにお付き合いください。

皆さん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーの木村です。

前回のエッセイで、「国内の自動車業界における値上げの話」について書きましたが、本日は、値上げと訴求力その2ということで、「トヨタの国内及び海外での近況」について書きたいと思います。

トヨタでは、国内において9月より一部の商用車及び「プリウス」及び「ハリアーハイブリッド」についての値上げを実施しました。経済ニュースは、この世の中のどこかに当然その事象があり、現場なしにしての議論は「机上の空論」になりかねません。販売の現場で何が起こっているのかというリアルな現実を感じるべく、販売店(トヨペット)にて値上げ後の近況をお伺いしました。

販売店担当者の話によると、トヨタでの人気車種は圧倒的にプリウスだそうです。今注文しても納車が早くて来年の2月頃ということで、納期5カ月(!)という異例の事態となっています。今回の値上げなど、どこ吹く風という印象を持ちました。また、来年予定しているプリウスのモデルチェンジを睨み、早めに現行モデルの受注を打ち切る可能性もあるそうです。

また、シルエットの格好よさから個人的にも好きなハリアーハイブリッドについての話も聞きました。ハリアーハイブリッドは、同スペックのハリアーよりも100-150万円高額ではあるが、燃費が1.5倍ほど良く、またハイブリッドの方が加速力も高く人気があるとのことでした。(低燃費による経済効果についての関連エッセイはこちら

ハリアー及びハリアーハイブリッドは国内では九州工場のみでの生産であり、ハリアーの納期は約1か月、ハリアーハイブリッドについては約2か月の納期となっているそうです。そして、一部のハイグレードのハリアーについては、今後レクサスブランドに統合(そして大幅値上げ)する予定とのこと。

そのような意味においては、今回の値上げに関わらず、国内においては、
ハリアーハイブリッドは 需要>供給 であり、
プリウスについては 需要>>供給 ということができます。

では、海外市場の状況はどうでしょうか。

一昨日の日経新聞によると、トヨタは中国での生産を減産するそうです。アメリカをはじめとする景気低迷の影響が新興国に波及しており、右肩上がりで成長を続けていた中国をはじめ、タイやインドなどでも減産の動きとのこと。大きなトレンドとして新興国は成長を続けるのでしょうが、短期的にはやはりアメリカのリセッションの影響が波及しています。

翻ってアメリカの状況はより深刻です。生産調整という名のもとに、大型車を生産しているアメリカの3工場が、現在、3か月間の生産停止に入っています。(関連エッセイはこちら

原因としては、もちろんガソリンの高騰による大型車のニーズの縮小と小型車へのシフトがありますが、アメリカの景気後退によるそもそもの車需要の減退も影響しています。プリウスの現地生産に関しては、技術流出などの観点から社内で反対の声もあったものの、このような緊急事態を前に、プリウス現地生産のための新工場の建設もはじまりました。

2009年3月期のトヨタの第1四半期報告書の地域別セグメント情報をみると、アジア及びその他の地域(中南米、オセアニア、アフリカ)は増収増益なのに対し、日本、北米及び欧州は減収減益であり、営業利益の金額はこの3地域については前年同期比で各地域において約半分になっており、地域によって明暗がはっきり分かれた格好です。その結果、全社ベースでの第1四半期の営業利益率は6.6%と、2008年3月期の営業利益率8.6%から大きく減少しています。

2008年8月7日付の通期の決算見通しについては、前回の決算説明時点(2008年5月8日)における営業利益の予測金額1.6兆円から結果的に変化なしとしています。但し、その予測金額の内訳をみてみますと、前提となる為替レートを前回の決算説明時の100円/ドルから105円/ドルへと大きく変更したことにより、前回の予測からの販売台数の減少による営業利益の減少2,800億円を相殺した形になっているところがポイントです。

今回の第1四半期における通期の決算見通しにおいて、ホンダは101円/ドル、日産が100円/ドルを前提為替レートとしているので、トヨタのみ強気の円安を前提としていることが分かります。将来の為替レートを予測することだけが本来の目的ではありませんが、為替の前提が崩れてしまった場合のことも考えると、右肩上がりで成長を続けていたここ数年からのトレンドから、大きく潮目が変わってきているのだと言えます。

自動車のような設備投資に多額のコストと時間がかかるビジネスモデルの場合、市場ニーズの変化への対応に時間がかかります。その結果、今回の日本のプリウスのように納期の延長による販売機会の逸失や、アメリカの大型車のように設備の遊休による機会損失は避けられない場合があります。

特に、トヨタは約1年半前に大型ピックアップトラックを生産するための新工場をテキサスに建設したばかりであったため、トヨタでさえ需要変化の対応に苦戦していることがうかがえます。
このように、自動車業界においては、日本、中国、アメリカをはじめとする世界の主要マーケットにおいて、構造の変化が確実に始まっています。これからの経済情勢は日々目まぐるしく変化するため、現場での予兆をいち早く感じることが、これからの「不確実」な時代への対応ではないでしょうか。

今日の一言;
「その予兆は、まず現場で起こっている」

2008年10月1日 T.Kimura
 ご意見ご感想、お待ちしております。





エッセイカテゴリ

By T.Kimuraインデックス