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企業と法律 第28回「企業のファイナンス手法の選択 その1」

(毎週火・木曜日は、パートナーエッセイにお付き合いください。)

みなさん、こんにちは。板倉雄一郎事務所パートナーのMoriです。

今年の夏は、どのように過ごされましたか。私は、いろいろなことを落ち着いて考えることができ、また、いろいろ進展を迎えそうでもあり、上向きのエンジンが動き出した夏になったように思います。

今年の夏には、北京オリンピックがありましたが、企業法務関連では、その影で、アーバンコーポレイションの破綻がありました。
民事再生手続開始の申立ての公表と同時になされた営業外損失の公表は、上場企業の適時開示原則という観点から非常に問題視されているもので、経営陣、引受先の責任問題を含め、注目されます。

さて、今回から数回にわたって、企業と法律の本旨に立ち返り、企業のファイナンス手法の選択というテーマで、エッセイを書いてみたいと考えています。内容は、企業のファイナンス手法にはどのようなものがあるか、それぞれのファイナンス手法を選ぶ時の判断基準は何か、というものにする予定です。

1.企業のファイナンスとは

企業のファイナンスの定義に拘泥しても、あまり意味はないと考えます。会社の資金調達といって問題ありません。ここでは、ある法人にとって、他の法人や個人が保有している現金を自分のところに移動させる手段という認識で問題ないと思います(※1)。

お金が移動しますので、単純な贈与・寄附でもよいのですが、通常は、そのようなことはありません。単純にお金をくれる人は極めて稀です。そこで、代わりに何を差し出すか、すなわち対価は何かというが問題になります。ここでは、大きく、①後で返す(お金を借りる)、②株式(お金を出資してもらう)、③物・その他(何かを売る)に分けたいと思います。

ところで、何故、企業のファイナンスを理解することが必要なのでしょうか。

企業のファイナンス手法の理解は、企業の財務担当者必須の知識ではあります。ただ、企業の財務担当者だけでなく、投資家も上場企業がどのようなファイナンスを行っているか、広くは、どのような財務オペレーションを行っているかを認識し、その意図を理解することで、その企業の経営陣のお金に対する考え方や投資家に対する考え方が理解できるようになります。また、新しい事業を行おうとする開発担当者であっても、資金調達手法によって、開発に要する資金負担を軽減できる可能性もありますので、学んでおいて損はないと思います。財務オペレーションと企業価値については、こちらのDVDが本当に参考になりますので、是非ご覧ください。

2.企業のファイナンス手法の概要

ファイナンスについての本を読むと、直接金融/間接金融や他人資本/自己資本という区別が書いています。確かに、これらの記載は正しいのですが、とっつきにくいという面もあります。そこで、先ほどのように、①お金を借りるか、②お金を出資してもらうか、③何か売るかのどれに当たるかをざっくりと分類してから、その後、詳細に検討していただくのが良いと思います。

(1)お金を借りる

お金を借りる方法として、主なものは、借入れと社債発行です。いずれの場合も、相手方は債権者と呼ばれます。借入れの場合は主な相手方は銀行であり、社債の場合は公募であれば証券市場の一般投資家であり、私募であれば銀行やファンドが多いでしょう。

利率が債権者と企業の双方にとって最大の関心事です。利率は、債権者にとっては期待収益率そのものです。利率が高いということは、債権者はその企業にリスクを感じているということです。もちろん担保がある場合には、その分、リスクは低くなりますので、(他の条件が同一であれば)利率も低くなります。

一般に、債権者の期待収益率は、株主の期待収益率より低いと考えられています。それは、債権者にとっては、破産時等において株主より優先してお金を返してもらえる上、返済期日が経過すれば法的にお金の返還を請求することができ、企業の財産の差押え等もできるため、株主よりも抱えているリスクが低いからです。

これを企業側から見ると、企業がお金を借りるというファイナンス手法を選択することのメリットは、出資してもらうことに比べて、資本コストが低いということになります。(※2)

逆に、企業側にとって、お金を借りることの最大のデメリットは、お金をかえさなければならないことです。このデメリットは、ファイナンス手法に大きく影響します。

例えば、調達したお金をひたすら研究開発費に回すようなバイオベンチャーの場合、いつか返さなければならないお金というのは、経営者にとっては恐怖です。なぜなら、バイオベンチャーのように、薬の研究開発を行って、研究が成功し、特許権化し、製薬企業に売れるようになり、薬として売れるようになれば、凄い金額の売上が出ますが、それまでは、ひたすら研究開発ばかりで、赤字が続きます。いつ成功するかの時期がはっきりしないこの手のベンチャー企業が、借入れを行うのは、非常に危険です。

実際、バイオベンチャーの資金調達は、ほとんど株式によって行われています。一方、担保となるような不動産を使用するビジネスモデル(不動産業・一部の製造業等)や、キャッシュフローの見通しの立ちやすい飲食業等は、借入れに向いているといえるでしょう。もちろん、借りられるからといって、借りすぎると、銀行の貸し渋りにあった場合に、(例え黒字であっても)資金繰りがつかなくなることはバブル経済崩壊後の日本が経験したとおりであり、昨今の不動産業界が経験しているところであります。

この本にも詳しくでています。借入れにより、レバレッジを効かせて展開するビジネスモデルでは、キャッシュが回るかどうかが、非常に重要です。借入れは計画的に!です。

このあたりの議論は、最終的には、最適D/E比率とは?!という議論に執着します。Deep KISS第54号「最適D/E比率」BTB第6回「有利子負債の増減(再び)」をお読みの上、合宿セミナーに起こしいただくと、より明快になると思います。

(2)お金を出資してもらう

お金を出資してもらうための方法は、株式発行です。株式を発行すると、会社にとっては、株価×株数分の現金を得ることができ、株式を引き受けた人は、株式を手に入れることになります。株式を持っている人を株主といいます。

株主は、株式を現金に変えるためには、配当、清算、売却のどれかしかありません。待っていれば、返済期日にお金を返してもらえるということはありません。債権者と比べた場合にリスクが大きいことは明らかです。従って、先ほども述べたとおり、株主の期待収益率は、債権者の期待収益率よりも高くなります。投資家にとっては、株式の方がリスクが高いので、株主の期待収益率が高くなるのは、当然です。(※3)

企業にとって、株式を発行して、資金を調達することの最大のメリットは、返さなくてよいことです。これは、株主の期待に応えなくて良いことを意味するのではありません。株主は、債権者以上に、会社の成長を期待し、会社の経営者は、これに答えなければなりません。ただ、ある期日までに現金を準備しなければ、破産等の手続をせざるをえなくなり、それ以上、企業活動の継続性が損なわれるといったことはありません。先ほど述べたように、いつ売上が立つかわからないベンチャー企業は、担保もなく、誰もお金を貸してくれないということもありますが、ベンチャーキャピタル等の投資家から、株式の形で資金調達することはかなり見受けられます。

逆に、企業にとって、株式を発行することのデメリットは、幾つかありますが、そのうちの1つが資本コストが高いことです。このことは、上場企業であれば、株主の期待収益率に答えられない場合に、株価が下落するといった形で現れます。他のデメリットとしては、株主は、株主総会において議決権を有していますので、経営に口出しをされる可能性があり、株主から真っ当な経営をしていないと判断されると、株式の売却(→株価の低下)を招くことになり、場合によっては、役員の解任や株主代表訴訟といった事態になります。お金を直接返さないですむ代わりに、株主の様々な期待に応えなければならないのが、株式発行というファイナンス手法なのです。

株式発行は、ビジネスモデル自体のリスクが比較的高い場合に行われることが多いです。新規創業や、社内ベンチャーをスピンアウトして、ベンチャー企業として立ち上げる等の会社創業期に行われることが多く、他には、再生案件等でも再生時に借入れの負担があると積極的な事業展開が難しくなるため、株式発行が用いられることがあります。

(次回へ続く)

※1)
他人からお金を移動せず、引当金を積んだり、内部留保を確保したりすることを自己金融と呼び、資金調達に含めることもありますが、ここでは、特に議論しません。

※2)
この他に、法人税の計算方法との関係で、タックス・シールド(Tax Shield)と呼ばれるメリットを受けることができますが、ここでは、議論を複雑にしますので、割愛します。詳しくは、合宿セミナー等で解説しております。

※3)
法制度上も、貸付けについては、貸金業法上、上限金利の規制があり、高い期待収益率をもって貸付けを行うことはできませんが、株式の引受けについては、その後、株価が何倍にもなることを待って、売却することも規制されてはいません。

2008年9月8日  M.Mori
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