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「大恐慌」 以来の経済・金融危機 (フォローアップ)

表題の連載は (その4) で打ち止めと書きましたが、週末に発表されたGSE両社救済措置を見て、乗りかかった船とばかり 「フォローアップ」 したくなりました。急いで書いたので、乱筆ご容赦!


               「大恐慌」 以来の経済・金融危機 (フォローアップ)


  週末に米財務省等からファニーメィ、フレディマック両社を事実上国有化する対策案が発表されたことを好感して、今日の各国株式市場はどこも大幅な上昇を示した。この 「救済策」 については、先月25日に投稿した表題連載の2回目で、「両社が9月末までに2300億ドル以上の借換を必要としていることから見ても、公的資金投入の決定は早晩避けられないだろう」 と書いたが、予想していたより早く、かつ、規模が大きかったという印象だ。
  WSJ紙が報ずる救済策決定の舞台裏を読むと、時期が早まった背景には 「米国の責任ある行動を求める」 海外外為当局等からの強いプレッシャーがあったことが分かる。この1?2ヶ月ほど、新発GSE債に対する海外の応札額が減少する、一部手持ち債券の売却の様子も窺われる等が報じられていたが、恐らく一部の国は要求が 「口先」 だけではないことをデモンストレートするために、そうしていたのであろう。

  対策の内容は米財務省のホームページで読むことができ、内容を整理すれば次のとおりだ。
[損失補填のための優先株取得]
○ 財務省はGSE両社の債務超過を防ぐため、両社とそれぞれ優先株の購入契約を締結する。この優先株は無期限のものとして、各社毎に1000億ドルの限度で発行できるものとする。
○ 発行額は今後の決算で監督当局 (Federal Housing Finance Agency) が公正妥当と認められる会計基準に従って判定する両社の債務超過額と同額とし、現金出資される。
○ この優先株は 「納税者を守るために」 両社の既発の全ての普通株及び優先株に優先して (senior) 残余財産の配当を受けるとともに、年10%の固定配当を受ける (現金配当が行われない場合、配当率は12%まで上昇する)。
○ 発行される優先株は無議決権とするが、両社が政府の財産管理 (conservatorship) 下に入り、Federal Housing Finance Agency (“FHFA”) が両社の意思決定・日常の運営管理を司ることに伴い、既発の全株式の議決権は停止される。
○ 財務省は本購入契約締結と同時に、GSE両社からそれぞれ10億ドルの優先株の発行を受ける (現金出資無しのupfront) とともに、全普通株の79.9%に相当する普通株の引受権 (ほとんど無償で引き受けられるwarrants) を取得する。
○ 以上の支援の引き替えとして、2010年3月31日以降毎四半期毎に、両社は財務省に対して“commitment fee”を支払うものとする。feeの額は財務長官らが協議して定め、現金又は優先株の追加発行の形で支払われる。
○ 両社はそれぞれ2009年12月31日時点のモーゲージ引受額及びモーゲージ裏付け証券ポートフォリオ (“Each GSE’s retained mortgage and mortgage backed securities portfolio”) の総額が8500億ドルを上回らず、かつ、2500億ドル以下に減少するまで、これを毎年10%ずつ減少させることを誓約する。
(注:以上の内容から判断するに、既発の普通株、優先株が紙屑になることは火を見るよりも明らかだ。)

[資金繰り対策]
○ NY連銀に設けられる財務省の“general fund” (国庫?) から、「必要なだけ」 資金を供給する (実際は下記のとおりGSE両社の保有する担保資産額が限度)。
○ 貸付は 「納税者を守るために」 担保貸付とする。担保はGSEが発行する“guaranteed mortgage backed securities”等とし、財務省の定める担保掛け目で評価する。
○ 貸出は概ね1週間から1ヶ月以内の期間で償還するものとするが、借換が認められる。
○ 利率は同種債権のLIBOR + 50 bp
○ 本対策の期限は2009年12月31日まで

  読んだだけでは分からない点もあるし、今後の米議会の審議等で明らかになる部分もあろうと思うが、骨子を簡単に言えば、? 今後両社に発生する中長期的な損失の補填と ? 短期の流動性確保の二つから成ると見てよいと思う。
  問題は、いったいこれで最終的にどれだけの財政負担が生ずるのか?だ。とりあえず損失補填額 (=優先株発行額) のキャップとして、各社1000億ドルという数字が入っているが、「これで打ち止め、追加一切なし」 とは書いていない。また、短期の流動性確保のための貸付は 「財務省の定める担保掛け目で評価した担保貸付で行う」 とあるが、そもそも買い取り手のいなくなった証券化商品をどうやって値付けするのか? さらに、財務省としては、債務支払の最後の拠り所である この短期貸付について、「担保不足につき、これ以上貸せない」 とは言えないはずである。よって、この 「担保掛け目」 は今後の財政負担増のワイルドカードになる可能性があると思う。
  強いて探すと、将来に向けての 「歯止め」 でしかないが、「モーゲージ引受額及びモーゲージ裏付け証券ポートフォリオの総額を減らす」 という上記の誓約がそれかと思い当たる。
  ちなみに、「総額が8500億ドルを上回らず、かつ、2500億ドル以下に減少するまで、これを毎年10%ずつ減少させる」 とあるくだりは、両社の債務総額が5兆ドル以上と言われる点との整合が気になる。両社の2007年年報を見ると、ファニーメィで7279億ドル、フレディマックで同様に7209億ドルという 「モーゲージ・ポートフォリオ」 資産の表示があり、上記枠はこれに対応したものかと推測される (5兆ドルに相当する数字としては、別途、「トータル・モーゲージ・ポートフォリオ」 として、それぞれ2兆8884億ドル、2兆1027億ドルの表示がある。おそらく後者はオフ・バランスされた数字を含むものかと思う)。
  この 「歯止め」 のおかげで、政府支援をいいことにモラルハザード満載のモーゲージがまた膨張する(=二次災害!)のを防げるのはよいことだ。しかし同時に、この枠規制は米国住宅市場を支えてきたモーゲージ制度の退場を促す措置のようにも感じられ、それはそれでおぞましい。

  さて、以上の措置により、米国金融危機は底を打つことが可能だろうか。既に多くに識者がコメントしているように、これは金融危機のにわかな深刻化を防止する必要条件ではあっても、金融危機を解決する必要十分条件にはなりえないと思われる。これでモーゲージ市場の急速な崩壊は 防げても、バランスシートが傷んだ金融機関は住宅関連貸出をますます厳格化するだろう。米国の場合、それが住宅新規着工を減らすだけでは済まず、モーゲージによる借入で 「収入以上に 消費」 してきた家計消費全体を圧迫する。金融危機が底を打つには住宅市場が下げ止まる必要があるが、米国家計消費は、まず 「消費を収入並みに落とし」、さらには貯蓄できるようにする必要があり、新しい均衡点に達するまでは住宅需要の反転どころではないだろう。むしろ、ルービニ教授が予言したように、クレジットカードやオートローンの焦げ付き増加など、金融危機をさらに加速する材料が未解決のまま残っている。世界経済同時不況が深刻化するのだとすれば、なおさらである。

  そして、最後に、かねてから心配している米国財政危機の問題が来る。今回の措置は予想したより大がかりで、早くも 「史上最大の金融機関救済」 と呼ばれている。さらに、今後民間金融機関の破綻防止のための連邦金融公社 (FDIC) の負担がこれに重なってくるはずだ。世上、「GSEが救済されたからと言って、民間金融機関も公的に救済されるとは限らない」 という見方もあるようだが、銀行の破綻を放置すれば、直ちに 「取り付け騒ぎ(bank run)」 が生ずる。突然死しやすい中小銀行は当局が見張っているし、マネーセンターバンクと言われる大手銀行はもう少し早い段階で 「ベア・スターンズ」 と同じ扱い (“too big to fail”) になるだろう。
  今日読んだ報道の中でWSJ紙だったか、「財務省はついこないだまで、GSE両社の財務は健全で問題ないと繰り返し言明してきたのに、このざまだ。金融機関のバランスシートに対する信任はさらに低下した」旨を書いてあり、本投稿初回に言及した粉飾決算のことも思い起こされた。
  やはり金融危機を防ぐには公的資金の投入が不可避であり、畢竟 「今後は誰がtreasury bill (米国債) を買うのか」 という問題も避けて通れないのではないかと不安である。
平成 20 年 9 月 8 日 記




 

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