「フェアユース」待望論にまたしても水を差してみる。

ここに来て、日本では“夢物語”に過ぎないだろうと思われていた「フェアユース」規定の導入が俄かに現実味を帯びて語られるようになってきている。


その背景に、知財戦略本部の積極的な動きがあるのは間違いないのだが、それを後押しするかのようにキャンペーンを張り続けるのが日本経済新聞


以前ご紹介した1面コラム*1や、坂村健教授の「領空侵犯」*2に続き、今日の「法務インサイド」でも、「『フェアユース』導入へ始動」という見出しが大きく躍っている*3


日比谷パークの上山浩弁護士のエピソードに始まり、中山信弘名誉教授や、クリエイティブ・コモンズの伝道師、野口祐子弁護士のコメントをはさみつつ、

「市場拡大の起爆剤

としての「フェアユース」規定に期待を寄せる論調で構成されているこのコラム。


前田哲男弁護士による権利者寄りのコメント*4でバランスをとっているように見えるが、実際のところその分量は5段のうちの1段の半分程度しかない(笑)。


審議会での議論が本格的に始まる前からこれだけフィーバーしているのだから、これから年度末にかけて、ますますこのムードは盛り上がっていくのだろう、ということは容易に想像が付くところである。


もっとも、冷静に考えると、このコラムにはちょっと分からないところもある。


まず、「『フェアユース』制度がないために不利益を被った」かのような取り上げられ方をされているサンプルケースの全てが「フェアユース」で救済されるとは思えないこと。


検索エンジン」に関しては、インターネットインフラに必須の構成要素になっている、といった事情から、フェアユースによる権利制限が認められても不思議ではないのだが、冒頭で出てきた

「テレビ番組の録画を代行して顧客のパソコンに転送する事業」

や、

「大学の授業やレジュメのネット公開に伴う参考文献のネット公開」

に関しては、仮に「フェアユース」規定が導入されても、なお違法とされる余地が残るように思えてならない*5

知財本部では、例外規定の条項は残しつつ「その他構成な利用と認められる場合」という条項を最後に加えることで、日米の法律の優れた点を生かす「日本版フェアユース」導入を目指す考えだ」

ということだが、我が国の法の典型的な理解による限り、この「その他・・・」が、列挙事由と同等、といえるだけの例外的場合に限る、と解される可能性は高いのであって、これまで何となく

フェアユースが導入されれば、自分のやろうとしていることの法的リスクはなくなるなろう。」

と考えてきた人々のニーズが満たされる保証は全くないのである*6



次に、「裁判を経ないと保護が確定しない」という問題点は、権利者の側だけでなく利用者の側にとっても共通する。したがって、所管官庁が相当丁寧なガイドライン等を示さない限り、「フェアユース」規定が導入されても誰も使ってくれない、ということになる可能性は否定できない。


そもそも、今だって些細な“形式的侵害”であれば、権利濫用法理等を用いた抗弁が否定される云われはないのだが、多くの企業では摩擦を避けて権利者の許諾を得るか、あるいは、“見つからないようにこっそりやる”という選択をしており、訴訟で白黒はっきりつけてやろう、なんて気合の入った会社はなかなか出てこないのである。


実務において、今多くの識者が想定しているような形で「フェアユース」規定が機能するためには、

(1)社会に有用な利用態様について、幅広く「フェアユース」による権利制限を認める学説が主流となること。
(2)裁判所が被告側の「フェアユース」の抗弁に真摯に対応し、それを取り入れた柔軟な判断を行うこと。
そして、
(3)「フェアユース」を主張する企業に対する温かい世論が形成されること。

といった条件が満たされる必要があろう。


そして、(1)、(2)についてはある程度期待をもてるにしても、(3)については、制度に対する理解度やコンテンツホルダーとしての立場から各種メディアが「フェアユース」を主張する利用者を好意的に取り上げるとは必ずしも限らないから、利用者側にとっては極めてリスクの高い要素となる可能性がある*7


企業に対する監視の目が厳しくなっている今、「法的には問題ない」というお墨付きを得ることができたとしても世の中がどういう反応を示すか不透明な状況では、リスクはとりにくい。



というわけで、仮に「フェアユース」が導入されたとしても、“その先の道はバラ色ではない”ということを、我々は心にとどめておく必要があるように思う。


もちろん、筆者個人としては期待するところ大なのであるが、今年に入ってからの進捗が順調すぎるだけに、本格的な議論が始まった後の(あるいは法改正が行われた後の)反動が怖い・・・。

*1:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080708/1215560447

*2:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080825/1219707166

*3:日本経済新聞2008年9月8日付朝刊・第16面。

*4:「勝手な解釈で権利侵害が横行しても、裁判を経ないと保護されないというのでは権利者の負担が増す」というもの。

*5:後者については、たとえ非営利でもそれによって権利者の利益が害される可能性があるのなら、「フェアユース」規定の適用が躊躇される場面は出てくるだろう。

*6:この点については、同一性保持権に関する著作権法20条2項4号の解釈が参考になろう。

*7:今、「フェアユース」を礼賛している日経新聞にしても、「学術・研究目的でクリッピングした自社記事をネット配信するような行為」が登場した場合に、好意的に接するかどうかは保証の限りではない」。

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