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ブログ 津上俊哉
「大恐慌」 以来の経済・金融危機? (その2)

前号の不吉な予言のフォローです。


                    「大恐慌」 以来の経済・金融危機 (その2)
                      「終末」博士の不吉な予言

  前号で見たように、米国では不良債権の激増により金融機関の自己資本が毀損しており、これが貸し渋りや流動性の不足を通じて実体経済を悪化させ、資本の毀損がさらに増加する悪循環が起きそうである。当然金融機関の資本を増強 (増資) しなければならないが、ルービニ教授はそこで二つのオプションを吟味している。
  第一の方法は、米欧大手金融機関が昨年末から今春にしたように、中国やシンガポール、産油国などのSWF (国家投資基金) にもう一度増資を頼むことであるが、「彼らが前回引き受けた増資は既に30?50%の損失を生じている、前回のような米国に都合の良い条件(高株価、無議決権等々)で応じてくれるとは思えず、支配権や役員派遣も要求するだろう。しかし、そんな条件を出されたら、今度は米国内の 「金融保護主義」 が投資を許さないだろう」 としている。よって、米国政府が自らの財政で金融機関を (直接または間接に) 国有化するしか途はない、これが第二の方法である。
  ルービニ教授のこの不吉な予言を見て、我々が考えなければならないことは何か。日本国内には、米国の住宅バブル崩壊やそれがもたらす金融危機によって世界不況 (=フロー面) の影響を受けることは避けられないが、金融危機 (=ストック面) については、もともと日本が米欧の証券化商品などにあまり手を出していなかったので 「対岸の火事」 のように感じている向きが多いという印象を受ける。しかし、そんなに 「楽観」 していてよいのだろうか。

  前号で要約したように、ルービニ教授は米国が 「稼ぎ以上の消費を続けて」 累積した双子の赤字 (巨額の財政赤字と巨額の経常収支赤字) とコインの裏表に立つ関係として、中国や湾岸産油国などが自国通貨を事実上ドルにペッグ (または巨額の市場介入を) して、結果として米国に資金を環流させてきたこと (貿易財や石油を売ると同時にファイナンスもする 「ベンダー・ファイナンス」 方式) があると指摘し、これを“Breton Woods 2 regime”(ブレトン・ウッズ?体制」と呼んで、その終焉を宣言している。
  似て非なる指摘として、これらBW2諸国は米国に投資するほかは資金余剰の持って行き場がないのだから、米国の双子の赤字は持続可能なのだとする論調もあったが、昨今の展開を見ていると、如何に 「基軸通貨国」 とは言え、「稼ぎ以上に使う」 仕組みはやはり持続可能ではなかった。
  さて、上記二つの似て非なる主張を弁証法式に 「正・反・合」 するとどうなるか。ルービニ教授は敢えて触れようとしていないが、筆者は似て非なる主張が言う 「BW2諸国は米国に投資するほかは資金余剰の持って行き場がない」 との指摘はある程度正しいと思うので、BW2諸国は大なり小なり 「道連れ」 にされ、米国の金融損失の分担を迫られる結末が来ると考える。イラク戦争、住宅ブームなどにより持続不可能な双子の赤字を産んだ借り手の米国が 「有責」 ならば、その米国にカネを貸し続けるとともに、つかの間の繁栄をお相伴したBW2諸国も 「有責」 であり、「応分の」 貸し手責任を問われることは 「常識」 にも適っているといえよう。

  具体的にはなにが起きるだろうか。あってはならない最悪の結果は総額5兆ドル以上と聞くファニーメイ、フレディマック両社 (以下通称に倣い GSE(Government Supported Entities) という) の負債にデフォールトが発生することだ。GSE債券は米国債に準ずる信用を持つとされ、各国の外貨準備や民間金融機関が大量に保有している。万一、その一部でも償還不能となれば大ごとになるが、そうなれば米国債も米ドルも直ちに信用を失って暴落、まさに米国にとって自殺行為になるから、さすがに米国がそのような事態の発生を許す可能性はないだろう (注)。
  しかし、前号で触れたように、市場では 「GSEが債務超過状態にある」 との疑いが強まり、スプレッドが上昇しつつある (格付けは下がり、債券価格も下落)。どうやら 「必要となれば政府が救済できる」 という権限付与だけ (「見せ金」) では済まなくなりそうであり、今後は9月末までの2320億ドルの借り換えを巡り、公的資金注入 (救済) を催促する市場と政府の心理戦が激化しよう。
  しかし、市場が 「これでアク抜きだ」 と安心できる十分な額の公的資本がGSEにいちどきに注入できれば良いが、反対論が噴出するのは目に見えている (自由主義の理念に反すること、納税者に負担が及ぶこと、モラルハザードを産むことなど)。大統領選という政治の季節にある今、最もあり得そうな事態は公的資金の 「逐次投入」 ではないか (「ブッシュ政権でできるのはここまでだ、後は新大統領が来年決めてくれ!」)。
  以上を総合するに、あり得そうな事態は、?公的資本注入に伴うGSE既存株主の出資損失が発生 (日本では 「減資」 だが、今回は公的資本がシニアな優先株で注入される結果、既存株が 「紙屑」 になると言われている由)、?しかし資本注入額が中途半端なため、その後も依然として再増資の必要を巡る市場との攻防が続く (注入後も社債スプレッドや債券価格は元には戻らない) といったことではないか。日本も民間金融機関が (おそらく外貨準備も) GSE債をかなり大量に保有している由である。債券価格下落の度合いによって、少なくとも民間保有機関は会計上、減損処理要否の判断を迫られる可能性があり、損失が波及することもありうるだろう。
  ところで、今日読んだFT紙によると、米国中小地銀はジュニアな優先株でGSEの株式を相当大量に保有している由であり、上記?の公的資本注入が起きてこれら株式が減価・無価値化すると、既に痛んでいる自己資本がさらに毀損し、連鎖破綻の引き金を引く恐れが浮上しているとのこと (“Fannie and Freddie threat to banks”) ・・・やれやれだ。

  まだ続きがある。両社への公的資本注入にせよ連邦金融公社 (FDIC)経由の金融機関救済にせよ米国政府が財政で救済するとして、これに必要なカネを出すのは誰か?という問題である。
  ルービニ教授によると米国居住者による米国債保有高は2001年以来ほぼ変わっていない、すなわち2001年以降連邦政府が生んだ膨大な財政赤字(増分は約3兆2千億ドル)はほとんど全額が非居住者、すなわち外国によってファイナンスされてきた由である。負債の総額が9兆ドルもあるので(本年4月時点)、「仮にこれが1?2兆ドルよけいに増えたところでたいしたことはない」と言えるか、そうは行かないだろう。単年のフローのバランスで見れば、4900億ドルで済むはずの財政赤字(7月末にホワイトハウスが発表した2009財政年の赤字推計額)が1兆ドル増加すれば、米国債の需給(よって金利にも)、世界全体の資金フローにも影響が出るはずだ。
  筆者は、金融損失は米国債の発行量激増を通じて世界に一定程度分散ないし拡散されるのではないかと恐れる。門外漢なので具体的な損失分散のパスはよく見通せないが、喩えていえば、返済計画の立てようがない多重債務者に追い貸しせざるを得ないような話だ、市場がインフレを予期するのか、それとも直裁にドルの信任が失われるのか、よく分からないが、まともな結果には終わらないはずだ。

  そこで逃げ場がないので「道連れ」にされるのがBW2諸国になるのではないかと予想する訳だが、ここで言うBW2諸国とはどこか。ルービニ教授が言うBW2諸国は「表向きは変動相場制を標榜しつつも実態上は相変わらずドルペッグ(又はそれに近い大量の市場介入を行う国々)で、主に中国や湾岸産油国、一部の東南アジア諸国などを指している。我が日本は(少なくとも大量の市場介入を止めた2004年以降は)この定義に該当しないが、残念ながら「道連れ」の運命は共にするのではないか。
  それは、世界最大の債権国日本の対外資産保有状況があまりに米国集中・依存型の構造になっており、「他にカネの逃がし場がない」という点ではBW2諸国と同じ立場ではないかと思うからである。
  財務省の統計を調べてみると、日本の対外資産総額は2007年末で610兆円、そのうち47%を占める287兆円が株式や債券などの証券投資である(ただし、政府による外貨準備保有額が別に18%分、110兆円ある)。この287兆円の行き先を調べると、IMFが中心になって作成している CPIS(Coordinated Portfolio Investment Survey というのがあり、最新の2006年版では日本のポートフォリオ投資(資産)の合計は2兆3435億ドル(120円換算で281兆円くらいと財務省統計の同年末の数字278兆円と概ね符合する)、このうち実に1/3の34%、7976億ドルが対米向けである(2位は14%、3244億ドルの英国(BVIを含む?)。
  ちなみに、ポートフォリオ投資残高は2004年末からの3年間で78兆円の増加、単純平均すれば年間25兆円くらいの増加を示している。その1/3として年間約8兆円に相当する投資を米国以外に振り向けることができるかどうかという問題であり、もちろん民間行為であるから多少は逃げるとしても、構造的な部分では「逃げ切れない」だろうし、後述するようにそこには政治も絡んでくる可能性がある。
  米国金融危機がもたらす問題はストック面についても 「対岸の火事」 では済まないのではないかと恐れる所以はここにある。
平成20年8月24日 記
(この項さらに続く)

注:今から約10年前、中国広東省で似た事件が現実に起きた。広東省政府の資金調達部門だった(はずの)広東国際投資信託公司(GITIC)が無謀な資金運用で破綻し、準ソブリン債と信じられてきた同社の債券が焦げ付いたのだ(中国各地の地方政府が同様の信託投資公司(“ITIC”と総称された)を設立しており、GITIC破綻後に類似の破綻が相次いだ)。同社の社債を大量に保有していた海外投資家は「事実上の政府保証があったはずだ」と広東省と中央政府を厳しく難詰して償還を強く求めたが、結局3?5割は焦げ付く結果に終わったはずである。
  日本の金融機関も同社債を保有するだけでなく、私募債を顧客にまで売っていたため、この事件に巻き込まれた。時おりしも日本で長銀、北拓、山一などが相次いで破綻して金融危機が発生していた最中である。金融機関が厳しいリストラを迫られる中、とんだ焦げ付きを産んでしまった各社・各行の担当者・担当部門は「飛んで火に入る夏の虫」、日本の金融界から「中国通」が大々的にパージされる結果を生んだ。いまさら死んだ子の歳を数えるような話をしても仕方ないが、このことがなければ、日本の金融機関は中国で日系企業向けサービス以外はほとんど何もしていないというゲットー・ビジネスモデルからもっと脱却できていたはずである。
  余談だが、当時GITIC問題を処理するために、中央から広東省政府(副省長)に急派されたのがいまの国務院副総理王岐山氏 (経済・金融担当) である。いま、中国の外為当局も数千億ドルに及ぶGSE債を保有していると言われ、「こんなジャンクに貴重なカネを投じた責任を問う」という声も上がっている。王副総理はGITIC事件の10年後、まさか米国を相手に攻守ところを替えた立場に立つ心配をすることになるとは思いもよらなかったであろう。




 

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