「パテント狂時代」の後始末

世紀の変わり目に、「知財立国」なんていう言葉が世の中に出始めた頃、この国は“知財バブル”に熱狂していた。


機を見るに敏な裁判所は、時流をいち早く捉えて、いくつもの“画期的な判決”を世に送り出した・・・。



それから8年。


だいぶ日が経ってしまったが、先月「生海苔の異物分離除去装置」特許の侵害をめぐる再審事件の知財高裁判決が出されている。


結論としては、再審の訴えに基づいて原判決が取り消され、特許権者の請求が棄却されることになったのだが、そこに至るまでの本件紛争の経緯には、“あの時代”が招いた混乱が如実に表れているように思われる。

知財高判平成20年7月14日(H18(ム)第10002号、第10003号)*1

両事件再審原告(控訴人) フルタ電機株式会社
両事件再審被告(被控訴人)株式会社親和製作所


判決に現れている経緯をまとめると、以下のようになる。

平成10年5月28日 再審被告が再審原告製品(海苔異物除去機)の製造販売行為の差止め及         びその廃棄を求める訴えを東京地裁に提起(H10(ワ)第11453号)
平成12年3月23日 東京地裁が再審被告の請求を認容。
平成12年10月26日 東京高裁が再審原告の控訴を棄却。
平成13年4月11日 最高裁が再審原告の上告受理申立てを不受理とする決定。
        (原判決確定)
平成15年6月16日 再審原告は、本件特許の請求項1について、特許庁に無効審判請求。
        (無効2003-35247号)
平成16年4月6日  特許庁が請求が成り立たない旨審決。
         → 再審原告が審決取消しを求める訴え提起(H16(行ケ)214号)
平成17年2月28日 東京高裁が再審原告の請求を認め、審決を取り消す判決。(確定)
平成17年4月26日 再審原告は、本件特許の請求項2について、特許庁に無効審判請求。
        (無効2005-80132号)
平成17年5月14日 特許庁が本件特許の請求項1について、無効とする旨の審決。
         → 再審被告が審決取消しを求める訴え提起(H17(行ケ)10530号)
平成17年11月9日 東京高裁が再審被告の請求を棄却する判決。
平成18年4月4日  最高裁が、再審被告による上告受理申立てを不受理とする決定
        (審決確定)
平成18年7月19日 特許庁が本件特許の請求項2について、無効とする旨の審決。
         → 再審被告が審決取消しを求める訴え提起(H18(行ケ)10392号)
平成19年3月28日 知財高裁が再審被告の請求を棄却する判決
平成19年7月19日 最高裁が、再審被告による上告受理申立てを不受理とする決定
        (審決確定)

良くあることではあるが、侵害訴訟と無効審判のダブルトラックが延々と続き、再審被告による訴え提起から今回の再審判決に至るまで実に10年。


再審原告の製品は再審被告特許の構成要件を完全に満たしているわけではないから、本来であれば、侵害訴訟での請求が棄却されてもよい事案であるにもかかわらず、最初の地裁判決で、当時流行していた「均等侵害」が認められてしまったことで*2、問題がより長期化したのは否めない。


結果としては、特許無効審決の確定により、権利消滅の抗弁に争いがなくなったことから、

「再審被告の本案請求は、その余の点につき検討するまでもなく理由がないことに帰する。」(7頁)

として、再審被告の請求を全面的に棄却する、という結論に落ち着いたのであるが、こんなあっさりとした判断で、当事者が払った10年にわたる紛争の傷跡が癒されるはずもないだろう。


さらに言えば、再審被告(親和製作所)の特許権行使がこの業界に与えたインパクトは相当鮮烈だったようで、「海苔異物除去機」業界では、

(1)東京地判平成14年4月25日
原告:親和製作所(再審被告) 被告:フルタ電機(再審原告)
損害賠償請求(4億2109万円)認容
(2)東京地判平成14年6月27日 
原告:親和製作所(再審被告) 被告:渡邊機開工業株式会社
損害賠償請求(12億7440万円)認容
(3)東京地判平成20年1月17日
原告:フルタ電機(再審原告) 被告:渡邊機開工業株式会社
差止・損害賠償請求 棄却

と、その後も次々と特許紛争が勃発している*3


特許の有効・無効は、争ってみないと分からない後付けの話とはいえ、一度は12億もの賠償を認めてしまった特許が消えてしまう、というのは穏やかではない。


キルビー抗弁の審理が常態化した今、“審理迅速化”の掛け声に惑わされることなく、慎重に侵害成否を判断することの重要さが、あらためて意識されて然るべきなのではないだろうか。

本判決の意義

侵害認容判決確定後に特許が無効となったことが再審事由にあたるか、というのは、今ホットに議論されている論点であり、再審被告側も、最近の有力説を元に、

(1)前審控訴審の口頭弁論終結日はキルビー判決の後であるところ,キルビー判決後においては,裁判所は特許権侵害訴訟において特許の有効無効を判断することができるようになったのであり,現に再審原告は本件特許が無効である旨主張したが,原判決はこれを排斥し,再審被告の本案請求を認容した一審判決を是認したのであるから,原判決の確定により本件特許の有効無効問題は決着ずみであるとして,原判決で審理判断された無効理由とは別個の無効理由であっても,その主張は遮断されるべきであり,これを蒸し返すことは許されない。
(2)民事訴訟の紛争解決機能に基づき,特許の有効無効問題の点も含めて審理判断をした確定判決による決着は尊重される必要があり,無効審決が確定しても覆されるべきではない。
(3)原判決が言い渡される前から無効審判請求が繰り返された経過からみても本件特許の有効無効問題は決着済みというべきである。

と,「再審原告が無効審決の確定による権利消滅の抗弁を主張することが信義則に反し許されない」旨を主張していた。


もっとも、裁判所は、

「再審開始決定が確定した後の本案の審理においては、判決の確定力自体が失われているから、(1)、(2)の主張は前提を欠く」
特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、キルビー判決後においても、特許が有効であることを前提とした上で、権利濫用の抗弁となる無効理由の存在の明白性を判断するのであり、特許の有効無効それ自体を判断するものではないのであるから、キルビー判決の法理に基づく権利濫用の抗弁と無効審決の確定による権利消滅の抗弁とは別個の法的主張と理解すべきものである。したがって、原判決が再審原告の主張した権利濫用の抗弁について判断したからといって、本件特許の有効性について判断したものとはいえず、また、原判決の確定により本件特許の有効無効問題が決着済みとなったということもできない。」
「再審原告が無効審決の確定による権利消滅の抗弁を主張することが無効理由の主張を蒸し返したものであるとは認められない」
(8-9頁)

と、再審被告側の主張をことごとく退けている。


「ナイフの加工装置」特許侵害訴訟に関する最高裁判決(最一小判平成20年4月24日)*4の多数意見にも顕れているように、裁判所は審判ルートの悪用による“不当な蒸し返し”のリスクを認識しつつも、理論的見地からそれが侵害訴訟における再審事由となる可能性を否定することには消極的(あくまでケースバイケースの判断にとどめる)であるように思われる。


早期に権利関係を安定させたい、という思いは理解できるにしても、無効とされた特許によって権利行使された状態を放置することの不正義に思いを馳せるならば、再審事由として結論を覆す余地は認めておくべきではないか、というのが自分の考えなのであるが、“プロパテント時代の落とし子”ともいえるような本件と同種の再審事件が、今後大量に裁判所に持ち込まれるようなことになれば、そのあたりの裁判所のスタンスもよりはっきりとしてくるのではないかと思う。


なお、先に紹介したように、再審原告・被告間では、同じ特許に基づく損害賠償請求訴訟が和解によって終了していたため、その際の和解条項と本件再審との関係も争点となっていたのだが、裁判所は、

「前項に認定の事実によれば,本件和解が成立した当時,再審原告がした本件特許についての無効審判請求が特許庁に係属しており(本件特許1については2回目,同2については1回目の無効審判請求),かかる状況を前提として,再審原告は再審被告に対し和解金を支払うものの,無効審決が確定しても再審被告は和解金の返還義務はないとされ,他方,上記無効審判請求はそのまま維持され,また,将来の無効審判請求を禁止する条項もなかったというのであるから,本件和解においては,原判決の認めた侵害行為の差止め等に関して何らの合意も成立しておらず,また,前提とされていなかったものと認めるのが相当である。したがって,将来本件特許を無効とする審決が確定しても,原判決の認めた侵害行為の差止め自体はそのまま維持することが本件和解の内容であるとの再審被告の上記主張は理由がない。」(11頁)

と、再審被告側の主張を退けている。


時系列で見れば、上記和解が成立した当時、再審原告の側でも既に無効審判による逆転を狙っていたようであるから、おそらく、侵害行為の差止めに関する条項も「入れ忘れた」のではなく、「あえて入れなかった」のだろう。


それゆえ、この点について当事者の代理人を責めることはできないのであるが、今後の実務においては、「審判ルートによる特許無効の確定が侵害訴訟の再審事由になる」ということを前提に、損害賠償額等について大幅に妥協するのと引換えに、和解条項に「差止請求権の存否について争わない」という項目を盛り込むことが考えられても良いのではないかと思う(現に行われているのかもしれない)。


紛争当事者間における権利関係の早期安定、という要請は、再審事由該当性をめぐる解釈論によって達成するよりも、あくまで当事者の合意により達成されるべき、というのが筆者の意見なのだが、この点についても、今後どのように議論が展開していくのかが注目されるところである。

*1:第4部・田中信義裁判長、http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080715110654.pdf

*2:「ボールスプライン軸受」特許に関する最高裁判決が出されて以降しばらくは、均等侵害を認める判決が連発された時期もあった。

*3:再審原告・被告間の(1)事件については、東京高裁で平成15年10月22日に2億9627万3817円の支払義務を認める和解が成立しており、この和解の効力は本件再審においても争われている(後述)。

*4:http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080428/1209438224http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20080430/1209697525参照。

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