リチャード・クー氏への返答

 最近はmixiとメールでの情報に大きく依存している田中です。今日もあり難い情報を頂きました。

 リチャード・クー氏の新刊『日本経済を襲う二つの波』(徳間書店)に、田中の『不謹慎な経済学』への反論があるとのご指摘。奇しくも本日、クー氏の本を購入したばかりでした。さっそくその該当部分だけを見つけて読んでみました。

 で、クー氏の新刊全体を含めての反論兼書評は、またもや本(かあるいは太田出版のエコミシュサイトなど)でやりたいと思いますが、一点だけ、ここで言及したいのは、クー氏の次の発言に対してです。

 「実際に彼(=田中のこと)の文章を読んでいて気になるのは、彼らが債務超過に陥った企業の経営がいかに難しいものになるかということをまったく理解していないように見える点である。最近の大学で教えている経済学に債務超過や倒産の話があまり出てこないからといって、現実にそのような事態が起きないということにはならない。言い換えれば、これまでの経済学がバランスシート不況を想定できなかったのは、資産価格の急落で企業が債務超過に陥るという事態が彼らのモデルの中で想定されていなかったからだとも言えるのである」(249頁)。

 いえいえ、クー先生、それはまったく誤解です。クー先生のご批判は1)現実に債務超過の企業の厳しさを知らない、2)彼らのモデルの中に資産価格の急落(バランスシートの悪化)が不在 という二点ではないかと思います。

 クー先生による完備な経済学モデル(このときのモデルは数式モデルを指す)を、私は拝見したことがないのですが、その一方で私には1997年に出た(書いたのは94年ごろでしたが)『構造変化と企業行動』(藪下史郎氏との共著「経済変動と金融危機」を収録、日本評論社、1997年)というものがありまして、その中でクー先生御所望の「資産価格の急落(バランスシートの悪化)が金融危機、経済変動を招く数学モデル」を提示しております。

 残念ながら完備な経済モデルがなく、ただ単に文章レベルでの議論でしかないのはクー先生ということになります。そこが相変わらずの名目値・実質値の峻別、それが経済モデルでもつ意味を見失わせている原因かと思います。

 また数学モデルを構築されたほうが、クー先生の自称するオリジナルであるとされる「バランスシート不況」理論と他の負債デフレ理論との差異もより明白になると思いますが、いかがでしょうか? 

 なお、この藪下・田中の負債デフレ理論とほとんど同じ構造をもつ理論モデルを浅田統一郎さんが、私たちの共著である『経済政策形成の研究』の中で議論に使っておりまして、それでインフレターゲットの有効性を示してもおります。そういう意味でリフレ派に、クー先生のいう意味での2)の不在はなく、繰返しますがその不在はクー先生ご自身に突きつけられているというのが私の見解でございます。

 また1)についてですが、これは私たちが現実の経済を知らない、という感じかな、と思いますが、いつぞや藤井良広先生の『金融NPO』をここで激賞したときに、ちらりと私が書きましたが、頼母子講に母親が依存したと。お恥ずかしながら、田中家は代々都内で不動産業を営んでおりまして、しかも途中、母親は父親と離別。子ども四人をまったく無一文で、不動産業をしながら育てていただきました。そのためかともかく子どもの頃から日本銀行の金融政策とわが家の状況がものの見事に連動してまして、簡単にいうと金融引締めだと融資が困難になる→抱えている物件が売れない=不動産の資産価値下落(田中家のバランスシート不況 苦笑)など恒常的債務超過企業に私は齢12から延々直面してまいりました。クー先生のご家業がどんなものか知りませんが*1、それはそれは(不動産という資産価値下落による)債務超過企業というのは、現実に並大抵の苦労ではないのです。そしてそのような債務超過企業にとって日本銀行の金融政策がいかに重大な効果を与えるのか、それは幼少の頃から繰り返し実感しているところです。ちなみにバブル崩壊してまもなく母親は事実上の破産状態のまま死にましたが、その借金などの清算も私と兄弟でしたので破産処理の大変さも十分わかっているつもりです。

 まあ、この話はいつかまたするかとも思いますが、クー先生も実際に大変な経験をお持ちかもしれませんが、まさに人にさまざまな歴史あり。徒に現実の経済感覚を競うよりも(お互いの人生や体験の優劣を比較してもなんの意味も無いことですから!)、ご自身のオリジナルであるとされる「バランスシート不況」論をぜひ完備な数学モデルとして提示されることの方がこの議論を一層面白く有意義なものにするかと存じます。

 しかしとりあえず、『エコノミストミシュラン』以来、おたがいの著作を通して何度も議論できる機会を与えていただいたクー先生にはなんらかしらの畏敬の念をもたずにはおれません。

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 いままでのクー・田中論争(!)の経過

 田中によるクー氏の『デフレとバランスシート不況の経済学』への批判(『経済論戦の読み方』、『エコノミストミシュラン』)
 クー氏による田中上記著作への反論(『「陰」と「陽」の経済学)
 田中によるクー氏上記著作への反論(『不謹慎な経済学』)
 クー氏による田中上記著作への反論(『日本経済を襲う二つの波』)
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 藪下・田中の負債デフレモデルが掲載されている本は下(94,95年執筆をお忘れなく)

 

構造変化と企業行動

構造変化と企業行動

 上記、負債デフレモデルと理論構造がほとんど同じである浅田統一郎さんのインタゲ論文は以下の本に含まれていて、上記の藪下・田中モデルよりも今日的な見通しの点で非常にすっきりしている。また斉藤誠氏への批判などもするどい名著。
 
 

経済政策形成の研究―既得観念と経済学の相克

経済政策形成の研究―既得観念と経済学の相克

*1:少なくともいまのお勤めの企業に在職中には債務超過企業であるとか破産の経験をしたとかはないと思いますが

ハリ・ポタ、ポニョよりも『風の名前』w

 最後のwが気になりますか、そうですか。訳語の不統一が気になりますか、そうですか。訳者三人個性が結構ばらばらではないのか?ですか、そうですか。でもハリ・ポタ最終巻よりも構成きちんとしてて読ませますが、なにか?ですか、そうですか。

 『風の名前』、中巻に突入でアルよ!