中岡望の目からウロコのアメリカ

2008/7/20 日曜日

アメリカの金融政策の決定過程:FRBとFOMCはどういう関係にあるのか?

Filed under: - nakaoka @ 23:31

アメリカの金融政策に興味のある人でFRBやFOMCという言葉を知らない人はいないでしょう。しかし、金融制度がどうなっているか、誰が金融政策を決定しているのかとなると曖昧な情報しか持っていないのではないでしょうか。新聞で「FOMCが開催され、フェデラル・ファンド金利の目標値が引上げられた」と書かれています。では、FRBとFOMCは何が違うのでしょうか。どんな組織上の関係になっているのでしょうか。実はアメリカには欧州や日本にあるような中央銀行組織はないのです。中央銀行は「連邦準備制度」といわれる組織なのです。その理事会が「連邦準備制度理事会」で、通常、”FRB”と呼ばれているものです。正式な名称は”the Board of the Governors of the Federal Reserve System“です。あるいは簡単に”Federal Reserve Board”といわれます。その英語の頭文字を取ったのが”FRB”なのです。アメリカでは2度、中央銀行の設立の試みがありましたが、いずれも失敗に終わっています。それは中央集権的な組織に反対する声が強かったためです。やっと1913年に「連邦準備法」が成立し、今の形になりました。ちなみにイギリスの中央銀行であるthe Bank of Englandが設立されたのは1694年、日本銀行が設立されたのは1882年ですから、アメリカの中央銀行組織の設立は随分、遅かったのです。以下、FRBとFOMCの役割の違いを説明します。

誰が米国の金融政策を決定するのか?

米国の金融政策は為替市場のみならず、世界経済に大きな影響を及ぼします。では誰が米国の金融政策を決定するのでしょうか。結論から言えば、金融政策はFOMC(連邦公開市場委員会)で決定されます。米国には諸外国で見られるような形の中央銀行は存在しないのです。中央銀行に相当する組織は「連邦準備制度(Federal Reserve System)」で、その組織の中に置かれた「連邦準備制度理事会(Board of the Governors of the Federal Reserve System)」が、金融行政や金融政策を決定する役割を担っています。新聞などに「FRB」という英語の表記が使われていますが、これは「連邦準備制度理事会」の略称の「Federal Reserve Board」の頭文字を取ったものです。また、時には「the Fed」という表現も使われます。ただ、この「the Fed」という表現は、文脈によって2つに使い分けられます。ひとつは「FRB」ですが、もうひとつは「連邦準備銀行(the Federal Reserve Bank)」の意味で使われることもあります。後で詳しく説明しますが、米国には12の連邦準備銀行が置かれており、商業銀行に対する貸出などの業務を行なっている。通常、こうした業務は中央銀行が直接行なっています。日本の場合、日本銀行の本店営業部や全国に置かれた支店が、市中銀行と直接取り引きをしています。米国の場合、連邦準備銀行が支店の役割を担っているのです。ただ、連邦準備銀行は中央銀行の支店と違って、独立した組織になっています。

FRBは中央銀行に相当する組織ですが、すべての金融政策を決定しているわけではありません。FRBに与えられている金融政策の決定権限は「公定歩合」に限られています。FRBは各連邦準備銀行総裁の要請に応じて公定歩合の変更を承認する権限を持っているのです。しかし、現在では「公定歩合」は金融政策の中で象徴的な役割しか持っておらず、金融政策は「フェデラル・ファンド金利」の操作を通して行なわれるようになっています。フェデラル・ファンド金利は「政策金利」と呼ばれるともあります。少し金融政策の手段について整理をして起きます。教科書的に言えば、主な政策手段は3つあります。①公開市場操作、②公定歩合操作、③預金準備率操作です。ただ現在では、公定歩合操作は象徴的な意味しか持っていません。預金準備率操作はほとんど使われることはありませ。たが、中国のように金融市場が未発達な場合は、預金準備率操作は今でも重要な手段になっています。王に公開市場操作を通して政策金利(米国ではフェデラル・ファンド金利、日本ではコール金利)を操作するのが一般的な手段になっています。

公定歩合はFRB、すなわち連邦準備制度理事会が連銀総裁の要請を受けて決定します。では誰がフェデラル・ファンド金利の目標を設定するのでしょうか。それは「連邦公開市場委員会(Federal Open Market Committee)」です。同委員会は、英語の頭文字を取って「FOMC」と呼ばれます。FOMCはFRB議長と6名のFRB理事(計7名)、5名の連邦準備銀行総裁で構成されます。FOMCは日本銀行の「政策決定会合」に相当する組織であると考えてください。日銀の政策決定会合は政策委員が集まって政策を決定します。どうようにFOMCもFRB理事と連銀総裁が委員になります。議長はFRB議長が兼務し、副議長はニューヨーク連銀総裁が常任で務めることになっています。残りの11の連邦準備銀行は3つのグループに分かれ、そのグループからそれぞれひとつの連銀の総裁が輪番で票決権を持つFOMC委員に就任します。したがって、FRB理事の7名と連銀総裁の5名の計12名が、FOMCの票決委員になり、フェデラル・ファンド金利の目標値を多数決で設定します。

その際、FRB議長であれ、単なるFRB理事であれ、ニューヨーク連銀総裁であれ、他の地方連銀の総裁であれ、投票権は1票だけです。FRB議長も他のFRB理事も5名の連銀総裁も投票権は1票しか持っていないのです。また票決権のない連銀総裁もFOMCでの議論に参加し、意見を述べることはできます。FRB議長は他の委員と同様に1票の投票権しか持っていないのですが、FOMCでの影響力は絶大です。たとえばグリーンスパン前議長は圧倒的な影響力を発揮し、他のFOMC委員は反論さえできなかったと言われています。ただ現在のバーナンキ議長は委員たちの議論を奨励し、聞き役に徹することが多いと言われています。議長の個性も、政策決定に大きな影響を及ぼしているのです。過去においてFRB議長が小数派になったことは例外的にしかありません。これはFOMCではありませんが、80年代にポール・ボルカー議長がFRB理事会の公定歩合を巡る票決で小数派になったことがあります。当時のレーガン大統領に任命された理事たちは、財務省の意を汲んで公定歩合の引き下げを主張しました。しかし、インフレ鷹派を呼ばれていたボルカー議長は利下げに反対し、投票で敗れたのです。その時、同議長は日本とドイツの協調利下げを取り付けるという条件で利下げの決定を先送りし、その間に日独と調整を行い、協調利下げという形で公定歩合の引き下げを最終的に認めたのです。このように議長はFRB理事会、あるいはFOMCの前に十分な根回しをするようです。それでも、FOMCの票決が割れることはあります。

誰が政策を実施するのか?

FOMCでフェデラル・ファンド金利の目標が決定されると、次にFRBはニューヨーク連銀のトレーディング・デスクに「指示書」を送付します。「指示書」を受け取った同連銀の担当者は、証券を売買する“公開市場操作”を通して市場の流動性を調整し、フェデラル・ファンド金利をFOMCが決めて目標に近づけようとします。したがって、FOMCがフェデラル・ファンド金利の目標値を設定しても、実際の日々の金利は目標値を下回ったり、上回ったりします。ですから「目標値」はあくまで目標値なのです。ただ、ある期間を取ってみると、フェデラル・ファンド金利はほぼ目標値に近い水準で推移しています。

なおフェデラル・ファンド市場は銀行間の資金貸借をする市場です。銀行は余剰な資金を抱える銀行と、資金が不足する銀行が必ず出てきます。資金の足りない銀行は銀行間市場で他の銀行から資金を借りて、法的に決まっている預金準備率を満たさなければなりません。そのために資金の貸借が行なわれます。要するに銀行が資金の過不足を調整する市場を銀行間市場(インターバンク市場)なのです。多くの銀行にとって単に預金準備率を満たすだけでなく、通常の貸出を行なう資金調達の場にもなります。1980年代にシカゴのコンチネンタル銀行が経営危機に陥ったとき、同行はインターバンク市場で資金調達ができなくなりました。当時、シカゴはワン・ブランチ制度(1支店しか保有できない)ため、どうしても他行からの借入が必要だったのです。しかし、経営危機が伝えられると他行は貸出を渋るだけでなく、貸出を回収し始めました。それが危機を深刻なものにしました。日本でも北海道拓殖銀行が同様に銀行間市場で資金調達ができなくなり、経営が破綻しました。通常、そうした状況に陥ると銀行は中央銀行から資金を借り入れます。中央銀行を「最後の貸し手」というのも、そのためです。

FOMCは年に8回開催されることが決まっており、開催日も事前に決定されています。経済情勢が急変する事態が発生すると、予定外のFOMCが開催されることもあります。サブプリムローン問題で金融逼迫が発生した昨年の8月以降、3月までに予定外のFOMC会合は実に6回も開催されています。これはFOMCが金融逼迫に対して非常に強い危機感を抱いていたことを示しているものといえます。

なお、FOMCの介護では目標金利の目標変更(金融政策の変更)を決める前に、外為市場への介入状況、地方別の経済情勢が報告されます。この報告を「ベージュブック(beige book)」と呼びます。報告書の表紙がベージュ色をしていることから、そう呼ばれるようになったものです。各連銀総裁は担当地区の「ベージュブック」に基づいて景況について報告します。各連銀が準備した経済報告に加えFRBのスタッフも経済分析を発表します。FRB金融政策局長が提出する報告書は「ブルーブック」、調査局長が発表するのが「グリーンブック」と呼ばれています。こうした報告書の分析を踏まえて、FOMCで金融政策が検討されるのです。

FOMCがフェデラル・ファンド金利の変更(あるいは変更しないこと)を決定し、会合が終わるとすぐに「声明」が発表されます。「声明」の中で金融政策に関するFOMCの判断が明らかにされます。その中「声明」の中で経済情勢、金融情勢、インフレ情勢についてのFOMCの判断が記載されています。FOMCでどのような議論が行なわれたか詳細を知るには、3週間後に発表される「議事録」(英語でminutesという)が発表されるのを待つしかありません。したがってFOMCがどのような経済状況を判断しているか、また今後のFOMCの金融政策を判断する上で「声明」と「議事録」を読み解くことが重要になってきます。

為替相場を含めた金融市場では、政策予想が重要な役割を果たしています。金利動向や為替動向は単に需給だけでなく、市場参加者の“予想”に大きな影響を受けます。そうした予想は、様々な情報に基づいて形成されるが、特に金融政策に対する予想が大きな要因となるのです。

公定歩合とフェデラル・ファンド金利

もうひとつ復習をしておきましょう。連銀が銀行に融資するときの金利を「公定歩合」といいますが、アメリカの公定歩合の決定は、連銀が提案し、FRB理事会が承認するという手続きで行なわれます。ただ現在では公定歩合は金融政策では形式的な存在でしかありません。1980年代初めまではFOMCは公定歩合の変更しか発表しませんでしたが、90年代にはいるとフェデラル・ファンド金利の目標値を発表するようになったため、公定歩合は注目されなくなってきました。現在、FOMCの政策決定に伴って付随的に変更が行なわれるだけです。ただ、昨年8月からのFRBの政策の中で連銀窓口を通した流動性供給を図る政策が取られました。フェデラル・ファンド金利を変更しないで、金融逼迫が起こっている金融市場に流動性を供給するために大手銀行に連銀窓口からの借り入れを促したのです。その際に適用される金利が公定歩合です。FOMCが、サブプライムローン問題が表面化した後、すぐにフェデラル・ファンド金利を引き下げを行なわなかったのは、問題は金融逼迫であって、実体経済への影響は限られているという判断と、インフレに対する警戒感を強く持っていたからです。

今回の利下げでFOMCはフェデラル・ファンド金利の利下げを7回行ない、合計で3.25ポイント下げて、2%にしました。2001年のITバブル破裂とリセッションが起こった際にFOMCは大胆な利下げを実施し、フェデラル・ファンド金利を1%にまで引き下げました。当時、日本と同じようなデフレに陥ることを懸念して、大胆な利下げを行なったのです。その水準には及ばないものの、今回の利下げでFOMCは思い切った低金利政策を取る決断をしたことは明らかです。

金融政策の最大の使命は、物価を安定させることです。FOMC会合が終了するとすぐに声明が発表されます。その中で政策決定の理由が述べられています。詳細な議論の内容は3週間後に「議事録(ミニッツ)」が発表されますが、市場の関係者はできるだけ早く政策決定の根拠を知りたがるものです。FOMCの政策の意図を読み取ることで、金融市場の先行きの動向を予測し、市場の変化に対応しようとするからです。8月以降の声明の特徴は、サブプライムローン問題を契機に始まった金融逼迫に対応するために積極的に市場に流動性を提供しようとしていることです。同時にインフレに対する警戒感に触れられています。特に金融緩和の初期の段階では景気動向よりも「インフレ・リスク」に対する警戒感が強く意識されていました。しかし、FOMCの焦点は次第に景気悪化に焦点が移って行っています。とはいえ、インフレ・リスクを無視して景気刺激を行なうという姿勢が変ったわけではありません。

FOMCの「声明」を解き明かす

フェデラル・ファンド金利を2%にまで引き下げる決定を行なった4月30日のFOMCの声明では「最近の経済統計によれば経済活動は依然として低迷している。住宅投資と企業投資は悪化し、労働市場もさらに軟調となっている。金融市場はさらに逼迫している。金融逼迫と住宅市場の不透明性の高まりで今後数四半期、経済成長が鈍化しそうである」と分析しています。しかし、その一方で「エネルギー価格や一時産品価格の上昇でインフレ期待が高まっている」「インフレ見通しの不確実性は高まっている」とインフレ動向に対する警戒姿勢を崩していません。

「インフレ抑制」と「持続的な成長」を維持するのは容易なことではありません。今回の急激な金融緩和はあくまでサブプライムローン問題に対する対処という側面が強くありました。数日前にポールソン財務長官は「金融逼迫の峠は越えた」と語っています。もしFOMCが同じような分析をしているなら、利下げは底に近づいたという分析もできます。メリルリンチは、世界のインフレ率は2007年の3.4%から今年は4・7%にまで上昇すると予想しています。シカゴ商品取引所のフェデラル・ファンド金利先物では、FOMCは9月末までにフェデラル・ファンド金利を2.25%まで引上げる確率は22%となっています。次のFOMCは6月24日と25日です。それまでの景気動向とインフレ動向の変化を注視しておく必要があります。

1件のコメント »

  1. 大変勉強になります。

    コメント by キャッシング — 2009年2月26日 @ 17:55

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