大型LBOは「Bomb Proof」? |
まずその記事が指摘していたところによると、ブームのピークであった2006年と2007年の二年間にアナウンスされたLBO案件総額の$1.4tril(約147兆円)は、インフレ調整ベースで、過去に発表された案件総額の3分の1に及んだそうです。それに対して2008年に入ってから7月現在までで発表された案件総額は$131bn(約14兆円)で、これでも絶対額としてはかなりの額には見えますが、その前の二年間よりは、遥かに少なくなっているようです。
クレジット市場悪化の影響は、案件数の減少だけに出ているわけではないようです。6月26日には、去年発表された大型案件である、CerberusによるChryslerのバイアウトに用いられたデットがデフォルト寸前にあるとの噂が流れ、同社が公式に否定のコメントを出したり、またラジオ最大手Clear Channelのバイアウトの価格が引き下げられることが確実になったりと、発表済の案件も苦しんでいるようです。
そこでEconomist誌は、この記事の中で、ブームの2年間に発表された10大案件とその現状について、調査をしてみたそうです。それらの案件概要、及び負債比率とインタレストカバレッジは、以下の通りです。
以上のうち、当時最大の案件であったアメリカREIT(不動産投資信託)最大手、Equity Office Partnersのバイアウトは、REITが物件のバラ売りが出来ないことに目をつけたBlackstoneが、買収後に物件をバラ売りすることを計画した上でバイアウトをしたと言われる案件で、既に資金回収が終わっているようです。また携帯通信Alltelも、2008年の7月に、大手Verizonが若干のプレミアムで買収することを発表しており、ほぼエグジットが完了していると言えるかもしれません。
よって残る案件は8つということになるようですが、これらの現状調査をすることが興味深い理由は、前回のバイアウトブームであった1985年から1989年の間に発表された大型案件は、実に4分の1が、後にデフォルトしてしまったたと言われているためです。
Economistによると、上記8社のうち3社が1−3月期には前年同期比で売上と営業利益の片方または双方が下落したそうです。現在は実態経済が問題含みであるため、LBOで大量のデットを抱えた企業が生き残れるか市場が注視するのは、自然なことと言えるかもしれません。
しかしプライベートエクイティ業界の重鎮たちは、このような懸念を「ナンセンス」と一蹴した上で、以下のような理由を挙げているそうです。
最初の理由は、上記のうち幾つかの企業では、今年に入って想定を上回る利益成長を記録しており、その結果デレバレッジ(デットの軽減化)が想定よりも早く進んでいる、というものです。例えばホテル大手のHilton Groupの場合、成長著しい海外(アメリカ外)の物件が好調で、利益も順調に伸びているそうです。
次に、利益が落ちて苦しい会社には、Capex(設備投資)を削減してキャッシュを浮かせるという選択肢がある、というものです。
LBOではキャッシュ・イズ・キングであり、それを如何に創出するかに全神経が集中されると言っても、過言ではない気がします。そこに来て、テクノロジーセクターに代表される巨額の設備投資(キャッシュアウトフロー)を必要とする業界は、通常LBOに向かないというのは、過去にも書いたことがあると思います。
それでもブームの時には、テック企業であろうが何だろうが、全てバイアウトの対象となり、その代表例が、Freescale(Motorolaの半導体部門)と言える気がします。
しかし業界関係者が指摘しているところによると、Freescaleは既に設備投資の削減を発表しており、設備投資をしなくても企業が存続できることを実証しているそうです。また、同じく設備投資額の大きいカジノホテルを経営するHarrah'sも、成長のための設備投資を控え、現状維持のためだけの投資(Maitenance Capex)に絞ることで、インタレストカバレッジは、0.8xから1.3xに上昇するそうです。
そして3番目の理由としては、ブームの時にアレンジされたファイナンシングが、極めて借り手に有利な条件となっている(キャッシュ支出を伴わないPIKであったり、分厚いクレジットラインが設定してあったりする)ということだそうです。当時は条件があまりに緩く、それがクレジット市場の過熱感が指摘される理由となっていたのを記憶しています。
更に4番目の理由は、そもそもデットの本格的償還が始まるまでには5年以上の時間がある上、最悪の場合には、PEファンドは未投資のエクイティ(ドライパウダー)を用いて、デットを償還することが可能であるということです。
これらの理由を受けてか、Blackstoneの共同創業者でPE業界を代表する人物になったと言っても過言ではないSteve Schwarzman氏は、同社の投資案件のキャピタルストラクチャーは「Bomb Proof(爆撃にも耐えられる)」と発言しているそうです。
Economist誌は、このような態度を「不自然なまでに自信に満ちあふれている」と指摘していましたが、そのような指摘の背景として、いくつかの理由が挙げられていました。
まず、デットサービスのために成長に必要な設備投資を減らすことは、その企業が相対的競争力を失うことになりかねず、その結果企業価値が徐々に毀損していくことで、最終的な投資のエグジットが困難になる可能性がある、ということです。
Freescaleは、半導体というテック業界の中で最も設備投資の重いセクターの企業である上、主要取引先であるMotorolaの絶不振も重なって、かなり苦しい状況にあることが、色々なメディアによって伝えられています。
またラスベガスのカジノも、不景気の煽りを受けてか、全般的に空室率の上昇に苦しんでいるそうで、そのような中で資金力に余裕のある企業が新たなホテルを建設すれば、Harrah'sの競争力は大きく低下してしまうかもしれません。
過去にKKRを一躍有名にした、RJR NabiscoのLBOでは、巨額のデットを抱えて苦しむ同社を尻目にライバルのPhilip Morris社が価格攻勢をかけ、RJR Nabiscoは実質的破綻に追い込まれることになったと言われているそうです。個別企業の状況はよく分かりませんが、今回も似た様なことが起こり得ないとも言えない、ということなのかもしれません。
次に、既存の大型案件は「生き残る」ことは出来るかもしれませんが、過去のような高いリターンは期待出来なくなっているという点です。Dividend Recapをして早期に投資回収したり、より高い値段でセカンダリー(もしくはIPO)で売却したりということが困難になっていることを考えると、これは仕方が無いのかもしれません。
より大きな問題と思われるのは、バイアウトファンドが買収価格をつり上げ過ぎた可能性があるということです。同誌が指摘しているところによると、8つの大型案件の平均買収価格は、PER(株価収益率)にして24倍であり、現在のアメリカ市場(S&P 500)の14倍前後の水準から大きくかけ離れた金額であることが分かります。
このような高額の買収が正当化出来たのは、ひとえに「レバレッジ」のおかげであり、それが無くなってしまった今、エグジットは簡単ではないかもしれません。
それでもプライベート業界は、ほとんどの投資家は5年間は資金がロックアップされており、別に今に売らなければいけないわけではないので、そのような議論は無意味であると主張しているそうです。PE投資はそもそも流動性の低い投資であり、その議論には一理ある気がしますが、5年後に市場が回復していない可能性は懸念されるところかもしれません。
Economistでは、欧州に上場されているApolloとKKRの株価が、ネットアセットバリューから45%もディスカウントされた価格で取引されていることを指摘して、業界の強気の姿勢は投資家に指示されていない、といったコメントをしていました。ただ上場株式の投資家は、往々にしてPEファンドより短視眼的で且つ恐怖心理に弱いため、これらの株価をもってLBOファンドの価値が過大評価されていると結論付けることは、出来ない気がします。
・・・以上、PE業界のトップが現状について懸念していないという話を見て来ましたが、私の周辺の業界関係者からは、案件のソーシングが困難で仕事が無い、ポートフォリオ企業の経営に相当のリソースが割かれているなど、あまり明るいトーンの話は聞かれません。
それでも同業界が有する人材の豊富さと、業界の必然的なシクリカル性を考えれば、5年後にブームが再来している可能性も、ゼロではないかもしれません。