竹内弘高・一橋大学大学院国際企業戦略研究科長
竹内弘高・一橋大学大学院国際企業戦略研究科長
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 「IT Japan2008」3日目となる7月3日午後のセッションでは、竹内弘高・一橋大学大学院国際企業戦略研究科長が「グローバル競争に勝ち抜く戦略」をテーマに講演した。米ハーバード大学ビジネススクール助教授などを歴任し、競争戦略研究の第一人者である同教授は、2008年1月にスイスで催された「世界経済フォーラム」(通称「ダボス会議」)で、グローバル企業のCEO(最高経営責任者)50人を集めた会議のホスト役を務めた。多くのCEOが挙げた経営のキーワードは「resilient」。「粘っこい」「忍耐力がある」の意で、「激変する環境下で生き延びるために、いかに粘り強い経営を実践するかに議論が沸いた」と話す。

 この席上、多くの企業が「粘り強い企業」のロールモデルとして挙げたのはトヨタ自動車だったという。竹内教授は2008年6月に一橋大学大学院国際企業戦略研究科の大薗恵美准教授氏、清水紀彦特任教授氏と共著で『トヨタの知識創造経営』(日本経済新聞出版社)を上梓した。6年間にわたって220人の関係者にインタビューを行った同著では、「トヨタ生産方式」に代表される同社のハード面の強さだけでなく、人材開発や企業文化などの「ソフト面」に着目し、自動車産業を製造業から知識主導産業へと転換させてきたトヨタの戦略の本質に迫っている。

 竹内教授は「トヨタの経営はビジネススクールで教える経営のセオリーには当てはまらないことだらけ」と指摘。例えば、倹約を徹底する一方で、4年に1度、世界の流通業者1500人を集めてトヨタ世界大会を催すなどの「大盤振る舞い」をする。官僚的な階層組織を尊重する一方で、反対意見を自由に述べさせる。「こうした矛盾をあえて取り込むことがトヨタの強さを支える」とする竹内教授は、「業務の効率性を追求する一方で、重複も多い」という矛盾の好例として、自らが経験したあるエピソードを語った。

 竹内教授が行った25回のインタビューでは、いずれも4~5人の役員や管理職が同席した。中にはインタビューの間、一言も発言しない人もいたという。「トヨタらしくない時間のムダではないか」と当初は奇異に感じていたが、途中でその謎が解けた。トヨタ社内では、社員が縦横無尽に人的ネットワークを張り巡らし、「誰もが何でも知っている」という状況を実現することを目指している。社内で「神経システム」と呼ばれるこのネットワークでは、フェース・ツー・フェースでコミュニケーションを取ることを重視しており、「たとえ発言しなくても取材や会議に多くの人をかかわらせることも、情報共有を促進する一環だと気づいた」(竹内教授)。

 似通ったタイプの社員が多いというイメージを持たれがちなトヨタだが、実際はチームに1人は変わった発想をする異分子を加え、テーゼに対するアンチテーゼが常に生まれる状況を堅持しているという。「リニアな進化を遂げながら、時々『ジャンプ』してイノベーションを起こせるのは、こうした創造的対立があるから」と竹内教授は語り、「グローバル競争に勝ち抜くためにトヨタに学ぶ点は多い」と講演を締めくくった。