2008年5月下旬に神戸で開催された主要8カ国(G8)環境相会議の議長総括を受け,6月9日,地球温暖化対策の基本方針「福田ビジョン」が示される。7月の主要国首脳会議(洞爺湖サミット)で,開催国の日本が議論のイニシアティブを取るための準備もいよいよ最終コーナーに差し掛かった。

 「福田ビジョン」では,温室効果ガスの国内排出量を2050年までに60~80%削減するという長期目標を打ち出す。その実現を担保する方策として,国内排出量取引制度の導入検討を盛り込む方針だ。これまで導入に反対していた鉄鋼・電力業界に対し,排出枠の割り当てに柔軟な提案を示すなど,懐柔,制度導入に向けた動きが加速し始めた。

「排出枠を買えば済む」という安易さを懸念

 排出量取引制度とは,政府が温室効果ガスの排出枠(キャップ)を企業に割り当て,枠を超えて排出した企業と余っている企業との間で排出枠を取引する制度を指す(キーワード解説参照)。「キャップ・アンド・トレード(C&T)」とも呼ばれる。市場原理を利用することで,温室効果ガスの削減目標を確実に,しかも最小コストで達成するための手段として,各国で導入が進んでいる。

 EU(欧州連合)ではすでに2005年から「EU-ETS(欧州排出量取引制度)」を実施しており,2008年にはニュージーランド,2010年にはオーストラリア及びカナダが制度を開始すると宣言している。さらに米国においても,23の州が導入に向けた準備・検討を進めており,2007年12月には連邦議会上院で,国内排出量取引制度の導入を柱とするリーバーマン・ウォーナー法案が可決された。

 排出量取引制度が世界の潮流になる中,今年のサミット議長国であり,温暖化対策議論を主導したい日本が,制度導入に後ろ向きとあっては各国の理解は得られない。「国内排出量取引制度の導入を検討中」というアピールが,政府にとって欠かせない外交カードというのはよくわかる。

 だが,今回の導入論議の急展開を見ると,日本政府に「国際社会に歩調を合わすため」以上の動機があったのかという疑問がわく。制度導入に向け,国民から真の理解を得るためには,「今後,温暖化対策の手段として,排出量取引制度をどのように活用していくのか」という明確なビジョンを示すことが必要だろう。

 排出量取引制度を批判する声で多いのは,「排出枠を買えば済む」と安易に考え,実質的な省エネ対策が疎かになることへの懸念である。

 日本は,京都議定書において,温室効果ガス排出量を基準年比(CO2は90年)で6%減らすことを公約している。しかし,2005年の排出実績は90年比で7.8%増。計画にある森林吸収による削減分3.8%と,京都メカニズムの活用による削減分の1.6%を加えても,2005年実績から8.4%を削減しなければならない。

 このため経済産業省と環境省の合同審議会は2008年2月,このままでは目標が達成できないとして,合計3700万トンの温室効果ガス削減を目標とする追加対策を発表した。だが,それでも計画通りに削減が進まなければ,海外から排出枠を購入するといった京都メカニズムの利用分が増え,日本の資金が国外に流出することになる。