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ITAKURASTYLE「ニュースアップデート~金融工学の罠」

昨日のエッセイ(ITAKURASTYLE 「週末の徒然」)書いた数時間後に、米雇用統計が発表されました。
評価者によってその評価は様々ですが、米のリセッションを裏付ける数値の一つではないでしょうか。

先日のエッセイ(ITAKURASTYLE 「経済動向と相場の見通し」)にて、

「7月以降に米リセッションを示す数値が次々に出るのではないか」

と書きましたが、これもう少し前倒しになるかもしれませんね。

ただし、為替、株式、債券など相場(価格変動)がどれほど影響を受けるのかについて正直、僕には分かりません。

 

そもそも、昨年の秋から書き続けてきたように、サブプライム債券「それ自体の損失」は、その規模(様々な情報がありますが2,000億ドル~5,000億ドル)からして、米経済の規模(GDPおよそ14兆ドル)に占める割合は、少なくとも、1990年代の日本における不動産バブル崩壊より遥かに小さいわけです。
しかし、高度に発達した金融工学のおかげで、様々な債券をまるでシチューのように混ぜ煮込んだ「証券化商品」がアメリカの金融機関によって(日本を除く)世界の金融機関にばら撒かれたことが、サブプライム債券「それ自体の損失」を遥かに上回る「債券価格下落」を招いたわけです。

シチューと表現したのは実は正確ではありません。
シチューやワインのような「液体」の場合は、「ワインで満たされた樽に、たった一サジの汚水を入れれば、樽全体が汚水になる」わけですが、証券化商品の場合、複数の格付けの異なる債券をまとめてバスケットに入れた証券ですから、一つ一つの債券は、基本的に独立した経済価値を持っているわけです。

例えば、サブプライム債券なる極めて信用格付けの低い債券が10%入っていて、その他の90%は、シングルA以上の格付けを持つ債券で占められた証券化商品があったとします。
ワイン原理(シチュー原理)では、たった10%のサブプライム債券がデフォルトすれば、この債券を含む証券は、「紙くず」になってしまうわけですが、実際はそうではありません。

10%のサブプライム債券の価値がゼロになったとしても、「それによって経済全体が大打撃を受けない限り」、残りの90%の債券はキャッシュフロー(←元利払い)を生み続けることができるはずです。
したがって、市場が合理的であれば、この債券の場合、その価格が10%ほど下落するかもしれませんが、暴落とまではならないはずです。

僕は、昨年の秋から、以上の点において「大騒ぎしすぎだ」と書いてきたわけです。
しかし、現実には、サブプライム債券の価値下落以上に、証券化商品の価格は下落しました。

その原因は、
1、「どの証券化商品にどれほどデフォルトリスクの高い債券が含まれているか良くわからない」
2、1のような「ババ交じり証券」を誰がどの程度保有しているかわからない。
と言うことで、
「ならば、とりあえず売ってしまえ」と、あらゆる証券化商品を保有する金融機関が証券を売り始め、したがって価格が寄り付かず、したがって証券化商品が暴落し、したがって金融機関の「時価会計上の損失⇒引当金の増加」が拡大したというわけです。

本来、様々な格付けの債券を複数取り入れた証券化商品を保有するということは、債権者にとって「分散投資」になるはずです。
分散投資のメリットは、言うまでもなく、その一部が損失しても、他で補えるということのはずですが、上記原因の「1」によって、本来の分散投資のメリットが、裏目に出てしまったというわけです。

つまり、ワインやシチューのような「液体」ではないはずなのに、人の心が「液体化」させてしまったわけです。

さらに、損失を拡大した原因は他にもあります・・・

証券化商品を販売している金融機関(の一部)は、「足元の儲け」を求めるあまり、販売した証券化商品の「プットオプション」まで売っていました。
プットオプションとは、「ある一定の価格で証券を売りつけることができる権利」ですから、それを売ることによるメリットは、「オプション料を受け取ることができる」わけですが、一方で、予想がはずれ、当該証券の価格が暴落すれば、プットオプションを買った側は、当初設定された行使価格で証券を売りつけることによってリスクを回避できますが、オプションを売った側(つまり金融機関)は、その分を市場価格より高い行使価格で買い受けなければならない義務を負うわけですから、金融機関の損失が理論上は無限大になるわけです。
問題とされているCDS(Credit Default Swap)にしても、要するにオプションの一部に過ぎません。
(予断ですが、コールにしろプットにしろオプションのショートポジション(=売る)は、相場が安定している場合には、儲けは限定されますが儲かる確率は非常に高い。しかし、ひとたび相場が思惑と逆に動いた場合の損失は極めて大きいわけです。)

さらに、証券化商品の取引において、当たり前ですが金融機関は有利子負債によるレバレッジを効かせているわけですから、問題が問題を拡大させ、さらに新たな問題が発生するというデススパイラルに陥ってしまったわけです。

ある意味、金融工学を発達させてきた金融機関は、
「自らが手におえないほど高度で危険な商品を作り上げてしまった」
ということになろうかと思います。

デリバティブ「そのもの」が悪だ!とは思いません。
使い方によっては、保険にもなるし、市場価格のボラティリティーを下げ、投資家のリスクを軽減することに役立ちます。

しかし、そのようなデリバティブ本来の目的を逸脱し、デリバティブそのものが投機手段になってしまうと、不測の事態に損失が膨らんでしまうわけです。
LTCM(Long-Term Capital Management)の破綻を見れば明らかなことですよね。

これらの問題が金融機関に「閉じた問題」であれば、時価会計上損失した金額程度の増資や、これまでの政府による財政出動、中央銀行による利下げなどによって解決可能な範囲だったとは思いますが、世界経済が、これまた金融工学によって「密接に関連した状態」にあるわけですから、金融機関に「閉じた問題」で済むはずがありません。

特に、アメリカ経済の場合、経済活動の大部分が「(日本に比して)有利子負債によるレバレッジ」によって成り立っているわけですから、ひとたび過去の日本のバブル崩壊後の貸し渋りのようなことが起これば、アメリカ経済は、日本の場合より早く、そして深く経済が停滞もしくは減速することになります。

すなわち実体経済への悪影響です。
これらは、「今後」しわじわと現れてくるのだろうと思います。

2008年3月の相場は、あくまで「金融機関における(金融機関自身が作ってしまった)直接の損失」がパニック的に市場価格に反映された結果だと思いますが、その後の上げ相場は、やや楽観的ではないかと思います。

株式市場でざっくり表現すれば、株価は本来、株主価値に担保されています。
株主価値とは、当該企業の事業価値によって担保されています。
事業価値は、実体経済によって担保されています。
もし、実体経済が減速すれば、当然ながら株価も下落するでしょう。

それがどれほどなのかは、僕にはわかりませんけれど。

2008年6月7日 板倉雄一郎

PS:
しかし、先日もITAKURASTYLE 「アメリカのビジネスモデル」で書いたとおり、アメリカの潜在力ってものすごいんですよ。

その上、中央銀行も、金融機関も、政府も、(日本に比べ)「打つ手が早い」ですから、日本のように10年以上に渡って経済が停滞することは考えにくいと思います。
そのとき、「運用利回りを求め世界を徘徊するお金」は、多少レバレッジを解消されはするものの、再びアメリカの株式に向かうのではないかと思います。
それまでの期間、徘徊マネーは、もしかしたら日本株に向かうのかもしれませんが、彼らは高値掴みはしないと思います。

PS^2:
次の心配事は、いわゆる新興国の「過度なインフレ」です。

新興国の政府、中央銀行(の政策が行き渡らない国もありますが)が、どのようなインフレ対策を行うのか。
それ次第では、世界経済が大きなトレンド変化をもたらすのではないかと思います。

PS^3:
以上のような文章を読んで、

「なんだネガティブな話ばかりじゃないかよ」

と思われた方は、おそらく投資家に向いていないと思います。
なぜなら、投資には「常にリスクが付きまとう」わけですし、そのリスクを認識せずに行う投資は、単なる無謀だと思いますし、アホルダーなのだと思います。
以上のような考えうる限りのリスクと、その程度について、十分認識した上で、それでも「投資したい」と思う投資対象を見つけることが、「自分を信じる投資」と言えるのではないでしょうか。

「(自分のポジションにおいて)都合のわるいニュースや分析に耳を貸さない」

そんな姿勢は、全くいただけません。

とはいえ、結局のところ未来を正確に予測することは誰にもできません。
やはり、長期の投資対象として魅力があるのは、

「ちゃんと仕事している利害関係者による集団」

以外に無いと思います。

PS^4:
昨年から一貫して書いてきた、
「サブプライムローン問題そのものはいわれているほど深刻ではない」
という主張は、主張自体が外れたわけではありませんが、結論については大外れでした。
その点、正直に認めます。

外れた原因は、ハイパーネットが失敗した原因と全く同一で・・・

「金融機関は僕が思っているほど賢くない」

ということです。

ハイパーネットの場合、大口債券者であるところの金融機関は、ハイパーネットの株式しか資産を持っていない僕の「個人保証」を頼りに融資を実行しました。
彼らが賢く、彼ら自身の経済的メリットを合理的に考えれば、「ハイパーネットを働かせて債権を回収する」という手段しかないことがわかります。
1億の融資に対して、100万円の「足元の回収」を優先させることによって、ハイパーネットそのものが活動できなくなり、残り9,900万円がデフォルトする可能性を債権者である金融機関はしっかり考慮すると僕は思っていました。
でも、金融機関は、僕が思うほど合理的でもないし、賢くも無いのだと、あの時知りました。
今回のサブプライムローン問題について、僕の予想が「結果的に」外れてしまった原因は、ハイパーネットの場合と根本的に同じです。

今後は、自身の投資活動、および、エッセイ執筆、そして新規事業を行う場合には、十分注意したいと思います。





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